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隣のクラスのなまえとは、所謂喧嘩友達ってやつだったりする。別に幼馴染ってわけでもないのだが、小学校の頃から幾度か同じクラスとなったために存在を良く知っている。何度も何度も教室が一緒なら顔も嫌になる程合わせてるわけだし、まあ顔見知り……若しくはそれなりに仲良くなったっておかしくはないのだけれど。
幼い頃から知っているのは良いことでもあり悪いことでもあるのだが、オレたちの場合には大概は悪い方向に転がるのだから困ったものだ。気心が知れているといえば聞こえは良いものの、現実としては互いのことが知られすぎていて言葉を飾ることがまずない。意地を張っているだけならば可愛いものだが、それが度を越すと最早疲れる喧嘩以外の何物でもないということをなまえのお陰で理解した。共通の友人は痴話喧嘩だとか茶化してくるけれども、こんなのが痴話喧嘩ならば世間の喧嘩が全部痴話喧嘩と称されることになるんじゃないのかと本気で思ったりしている。

「げ」
「何だよ今の、朝から嫌な気分にさせるなよな」

壁に背を預けて窓の外を眺める夏服の女子生徒。風に靡くストレートの黒髪、結われた後ろ髪から見え隠れする首筋が目に毒だなんて言えるわけない。目が吸い寄せられるように彼女の方を向いているなんて、本当のことを白状できたら楽なのに。
響く足音、こちらに気がついて身構えるなまえの目はやはり厳しいものだ。

「じゃあここ通ってこなければ良いでしょ」
「あのさあ、お前だってここが一番近い道だってわかってんだろ」
「回り道でも遠回りでもすれば良いじゃん」
「何でオレがそこまでしなくちゃなんねえんだよ」
「あんたが嫌なら顔を合わせないように努力すればって言ってるだけだし」
「なまえがすれば良いじゃねえか、オレが態々道変える必要がどこにあるんだよ」
「私は変えないよ、平助のためにそこまでしてやる義理なんてないもん」

カチン。頭の中で理性の糸が切れた。
どこまでいっても交わらない、平行線のまま続く応酬に耐えられなくなった幼い自分。つい口を突いて出たのは突き放すような台詞だった。

「ったく、そういうとこ可愛くねえよなあ」
「あんたに見せる可愛さなんてこれっぽっちも持ち合わせてませんよーだ」

躊躇うことすらなかった、傷付いた顔すらされなかった。間髪入れずに返された嫌味、本当に自分はなまえにとって只の喧嘩相手なのだと当たり前の事実を実感して押さえつけていた感情がブレた。

「……っ、オレだってお前のこと可愛いとか思ったことねーし!」

売り言葉に買い言葉。僅かに残っていた最後の冷静さが警鐘を鳴らすも既に遅く。

「あっそ。それで?」
「……」

放り投げてしまったナイフがブーメランのように帰って来た。因果応報、わかってたって苦しいし悲しい。
いくら互いの事を知ってるったって、一番知りたい本音がわかんなかったら全然意味ないよなあ。ぐさり、勢い余って突き刺してしまった言葉に顔は凍り付いたまま心で泣いた。

◇ ◇ ◇

いつもいつもどこで嗅ぎつけて来てるのかは知らないが、こんな事態をトラブル大好き人間が放っておく訳がない。自分が関わるのは嫌悪する癖して他人のイザコザには土足で踏み入り、その上荒らしていくことだって稀じゃないような「良く出来た」性格の奴なのだから。

「今日も平助の負けだね、おめでとう。相変わらずなまえちゃん口が達者だよね。もしかして一生勝てないんじゃないの」
「煩いなあ、何だよ総司。アイツ何考えてっかわかんねえし仕方ねえだろ、ってかオレはあんなヤツどーでも良いし……」

ひょっこりと廊下の角から顔を出し、ニヤニヤと近付いてくるのは想像通り総司だ。コイツも毎回毎回茶化しに来やがって。苛立ちに任せて口に出した言葉は案外勢いがなく、朝の喧騒の中にあっという間に消えた。

「ふーん。僕はなまえちゃん結構可愛いと思うけど。顔に似合わず健気だしね」
「……え、」

それってどういう意味だ。馬鹿みたいに素直に言いかけた疑問は無理やり飲み込んだ。
バッと音が聞こえるくらいの速さで顔を上げる。ほら見ろ、そんな事を言いたげな顔の総司は近くを通りかかったらしい千鶴を盾にするようにさり気無く移動していた。千鶴の肩に手を置き、グイッと目の前に引っ張り込むようにして。

「ね、千鶴ちゃん」
「はい。なまえちゃんは感情を口に出さないだけで、言ってることはわかりやすいですよね」
「何だよ千鶴、お前までなまえの味方なのかよ」
「え、私はどっちかの味方って訳じゃ……」

拗ねたような声音になってしまったなんて自分で分かりきっている。しょうがないだろ、今らしくもなく落ち込んでんだから。
恨みがましくぶつけた言葉に困ったように眉を寄せる千鶴も、オレと同じくらいなまえとの付き合いが長い。千鶴となまえとで同性という贔屓目はあるかもしれないが、この優しい幼馴染はあからさまにどちらかに肩入れをするなんてことはしないとわかってる。わかってはいるんだ、ただ自分の中で割り切れないだけで。

「千鶴ちゃんに当たらないでよ。平助はさ、なまえちゃんが毎朝あの場所にいる理由って考えたことある?」
「……わかんねえ。オレの嫌がる顔が見てえとかじゃねえの」

そんなのわかってたらなまえとオレの関係が拗れるわけないし。ていうか手遅れと言ったって過言じゃないし。
ヤケクソで吐き捨てた適当な理由に、二人して同じ表情をした。見てるこっちがびっくりするほどシンクロしてて、前もって仕込んでいたみたいだ。

「あの、平助くん、なまえちゃんはそんな意地悪じゃないと思うんだけど……」
「千鶴ちゃんの言う通り、あの子はそこまで偏屈で酔狂な子じゃないと思うよ。まあなまえちゃんの趣味は悪いと思うけど」
「お、沖田先輩……!」
「やだな千鶴ちゃん、事実を言ったまでだよ。君ならわかるでしょ」
「それはそう、かも、しれないですが……」

なんか、総司がなまえのこと言うだけでむしゃくしゃする。
総司に何がわかるんだ、なまえだって趣味悪いとか総司にだけは言われたくないだろうとか、反論しようとしたが口に出来ない。そんなの、オレが言えたことじゃない。それくらいわかってる。

「じゃあ、平助が毎回ここを通る理由は?なまえちゃんの言う通り、そんなに嫌なら別の道通れば顔を合わせる必要なんてないよね。同じクラスでもないわけだし」
「そ、れは……」
「それがわからなかったら、平助はあの子を責めることは出来ないね。まあ、僕に言わせればどっちもどっちだって感じだけど」

まあ、同じことはなまえちゃんにも言えるかな。そう呟いた総司はいつもの数百倍くらい真面目な顔をしていた。その後に土方さんに追っかけ回されてたけど。


続きます