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きっかけは「折角こんなとこ来たんだし写真撮ろうぜ!」っていう平助の提案だった。
私自撮りとか上手くできない。そう言って断ろうとしたけれども、案外というか、そう考えれば納得するというか、こいつはこういうのには長けていた。久し振りに外に出かけているからなのか、テンションが高い平助は自分のスマホを取り出しインカメにして、器用に画面の中に二人分の顔を入れ込み、有無を言わせず「はい、チーズ!」なんて言ってシャッターを切る。
人間の本能なのか何なのか、カメラを向けられたらスイッチが入ってしまうというか。深く考える暇もなく、私はレンズに向かっていつものように表情を作っていた。

「ぶっ……!」
「あはは、我ながら良い顔で映ってるー!てか平助だって無駄にキメ顔してんじゃん!」
「無駄にって何だよ、無駄にって!」

近くにあったベンチに座り、撮った写真を即座に確認する平助の隣の何と居心地の良いことか。肩を寄せ合い、ぎゃいぎゃい言いながら同じスマホの画面を覗き込んだ。変顔をしてる私に、ちょっと口角を上げていい感じに映っている平助の顔。あ、こりゃイケメンて言われるのも納得だわ。贔屓目を差し引いてもカッコいいんだからもう、ときめきを通り越して妬ましいというか羨ましいというか。

「お前さ、なんでいつも変顔してんの?」
「へ?」
「写真撮るとき」
「え。あー、その……ええと」
「何だよ?」
「やめた。何でもない」
「気になるだろ、言いかけたんなら言えって」

そんなの、言ったってわかってくれないくせに。でも、そんなこと言ったらきっとこいつは拗ねちゃうんだろう。
せっかく二人でお出かけしてるのに、そんなことで拗ねられちゃいやだし。平助だしいっか、そう思って躊躇いながらもごもごと口を動かす。

「私、写真映り悪いから、その……。へ、変な顔で映るくらいなら、もういっそ狙って変顔やってる方がいいっていうか……」
「あ、」
「……あの。平助、何で今スマホ私に向けたわけ?」
「すっげえ良い顔してたから、勿体ねぇなーと思って」
「は?」

話聞いてなかったんかい。何だこいつ、言えって言ったのは自分でしょ。こっちは言いたくないにもかかわらず意を決して説明したってのに聞かずにしかも話逸らすとか、ほんとにデリカシーないってか私への扱い軽いってか……!

「どっちも変顔だろ。結果は同じじゃねえの?」
「結果は同じでも過程は違うでしょうが!」
「そんなもんか?」
「そういうもんなの!」

乙女心ってのがわっかんないかな平助は!あ、ダメだこいつそういうとこ鈍感だった、そんなのこっちが求める方が間違ってるってね。知ってた、昔からそんなのわかってたけどさ。ちょっとくらい気にしてくれたっていいっていうかさぁ。

「てか写真映りって……お前、んなこと気にしてんのか?」
「当たり前でしょ!」
「別にそんなに気にしなくてもいいと思うんだけどなあ。フツーに笑って良い感じに映ってるのとかあっただろ?この前のとか、」
「はあ?そういう問題じゃなくて!」

こっちの言い分には耳を貸さず、平助はスマホに目を落とした。ねえ、聞いてよ。そっちがこの話題掘り下げてきたんでしょうが。

せっかく一緒に居るのに、スマホの方に気が向いちゃったのが寂しくて、背中にしがみついて肩越しに画面を覗く。
え、は、写真探してんの?何で?スクロールするため指を動かす平助の顔をじいっと見ていたら、何か画面の端にちらっと見覚えのある何かが掠めた気がして、そんでもってそれが自分の顔だったように見えて、慌てて腕にかじりついた。

「平助、待って、それ何?」
「え?何って写真」
「違う、そうじゃなくて!さっき何か私の顔みたいなのが見えた気がするから、それ貸して!」
「うわ、馬鹿危ねえって、何すん……!」

ひょい、体格はそう変わらないからスマホを奪うのだって造作もない。それに、真正面からの力比べでは敵わないけど、何だかんだ優しい平助は手加減してくれる。ほんっとうに嫌なことじゃない限りは。

ぴったり平助の横にくっついたまま、手にした(奪った)スマホの画面に表示された画像をよくよく見たら。

「……え」
「あ。これ、さっき撮ったやつ。よく撮れてるだろ?」

まじまじと直視できずにすぐ目を逸らした。奪ったばかりのスマホを平助の手に押し付け、ついでにそのまま目の前の胸元にしがみつく。
今の写真、私だった。斜め下見てる、お世辞にもいい被写体とは言えないけど。さっきって会話の最中に突然スマホ向けられた時か。写真撮ってるかもとは薄々思ってたけどさ、いや、だって、こんな顔してるなんて知らない。

かあ、顔に血がのぼる感覚がはっきりとわかる。待って。タイム、ちょっと待って。ねえ、平助と居る時いつもこんな顔してるの?

写真の私、死ぬほど真っ赤だけど凄い幸せそうだった。こんな顔、家にある自分の幼少期のアルバムでだって見たことない。鏡ごしでだって勿論見たことあるわけない。
この、すべてを預け切ったみたいな、自分ですら見てて恥ずかしくなるような、無防備な表情を見せてんのか平助に。なにそれ。だめ、無理、恥ずかしくて死にそう。

「〜〜〜っ、平助のばか。狡い」
「ははっ、あながち間違いじゃねえかも。オレ、きっとなまえバカだからさー」

なまえバカってなんなのさ。聞いてるこっちも照れるってば、もう。恥ずかしさに任せてぐりぐりと額を押し付けていると、頭の上に何かが乗ったような重み。うわ、どさくさに紛れて頭乗せたな、平助。
重たいと悪態をつき、乗ってる重みを振り払うように平助の身体から離れる。落ち着け。取り敢えず落ち着こう私。なんか翻弄されてるぞ、よりにもよって平助に。

「なまえ、」不意に名前を呼ばれてそのまま顔を上げる、と。至近距離、目の前ほんの数センチメートル、鼻先がくっつきそうなくらい近くに平助の顔。やっと離散した熱がまたぶり返す。
肩を押し返して離れようとした腕は、すぐさま平助の手に捕まった。何、このまま逃げるなってか。私もうキャパオーバーで熱くて思考回路爆発してオーバーヒートしちゃいそうなんだけど!

「珍しくなまえが照れてる」
「そんなの、誰のせいだと思って……!」
「あのさ。さっきの顔、すげえ可愛かったからもっかいやって」
「で、出来るかばかっ」

やめて、至近距離で話さないでよ。直に肌に感じる吐息が、近すぎて逸らせない視線が、触れそうで触れない鼻先が唇がぜんぶぜんぶ自分のものじゃないみたいで。じわり、視界が揺れて頭の中も甘い痺れに襲われて染まってく。逃げようにも逃げられなくてどうしようもなくなって。行き場のない感情を抱え、かろうじて平助の服の袖をぎゅっと掴む。

「へーすけ、」

必死に動かした唇で紡いだ名前は、自分で言ったとは思えないくらいか細いものだった。それに応えるように絡められた手と手があつい。

「オレさ。お前のそういうとこ、大好き」
「……っ、ん、」

ストレートに襲ってくる甘い言葉、いつまで経っても慣れない。耳元で囁くなんて反則だそんなの。

羞恥で震えた肩をがっしり掴まれたと思ったら、そのまま噛み付くようにキスされた。反射的に閉じた瞼、照れからくる涙が一粒落ちた。
お世辞にも上手いとは言えない今の口付けだって、平助だったら何でも許せちゃうくらいに気持ち良くて幸せで、きっと私はこれ以上ないくらい重症だ。