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※大したことないですがちょっと流血注意




最年少の客員剣士たる彼にとって、目の前でヘラヘラとした笑みを浮かべる少女の存在はひどく新鮮だった。

「なまえと申します、先輩。どうぞ、よろしくお願いいたします」

事実だけを言って見れば、リオンを目の前にして笑みを浮かべる女なんてのはそこら中に転がっているし、この少女の見た目が常人とは思えないほど美しいわけでもない。

目を引いたのはそんな単純な理由ではなくて、

「お前はーーー」
「なんでしょう?」

笑っているが笑っていない。

同年代と思しきこの少女は笑みこそ浮かべているものの、その瞳は隠しきれない鋭さを秘めていた。
上司の立場を鑑みて媚びを売ろうという魂胆でもなく、所詮は子供だとバカにして鼻で笑うでもなく。

ただ、そこにあるのは異常なまでの執着。それも尋常でないまでの忠誠心を抱えていると理解したのは、それから暫く経った後のことだった。

◇ ◇ ◇

「せーんぱい、起きてる?」

トントン、小さなノック音が訪問者の存在を知らせた。ふわりふわりと揺らいでいた意識がゆっくり浮上する。どうやら、着替えて一息ついている間に微睡んでいたらしい。
完全に閉めきれていないカーテンの隙間から朝日が差し込む。寝起きの目には全くもって優しくない。シャットアウトするようにカーテンを閉めると、もう一度控えめなノック音が響いた。
そういえば、もうじき任務へ出発する時刻である。多少機能していない頭を軽く振り、暫し虚空を見つめる。

こんな時間からリオンの部屋に来る人間は限られている。それも、「先輩」などとふざけているのか敬っているのかわからない声音でリオンを呼ぶ訪問者なんて、部下である彼女しかいない。
なまえがリオンの下に就くようになってから、彼の生活は思いがけず良い方向に向かった。初対面時の丁寧さはすぐに消え去ったが、それこそ今となっては些細な話だ。本心は読めないまでも、細かい所に気がつき多少文句は零しつつも仕事を淡々と進める彼女は、ストレートに言うと使い勝手の良い部下であったし、戦闘に関しても女という身を考えれば申し分ない力を持っている。それも、今までどのように生きてきたのかが気になるくらいには優秀である。
今更それを追求しようとは思わない、彼女が来てから生活にも精神的にも少し余裕が生まれたという事実だけで充分だ。

ーーーお前のおかげだ、なんて毛頭言うつもりはないが。

モタモタしている時間はない。これ以上時間をかけていると部下に示しがつかない。そそくさと立ち上がり、沈黙したままのドアを開ける。
そこにはいつもの如くなまえの姿があり、いつものように言葉をかけ、

「行くぞ、準備は」

出来ているな、普段通りのお決まりのフレーズは音にならずに離散した。

いつも通りに着込まれた服、いつも通りにきっちりと結われた髪、ファーストコンタクトから変わらない意志の強い瞳。

「ごめんなさい。ちょっとしくじっちゃった」

息を呑んだリオンに笑いかけるなまえの顔は、人形のように青白かった。

イレギュラーなのは、真っ赤に染まった白いブラウスと頬についている拭いきれていない鮮血の痕。

なまえの身体がぐらりと傾く。力なく地面に崩れ落ちる手前で抱きとめ、リオンは彼女の線の細さに戦慄した。ほぼ変わらない背丈の関係上、引き摺るようにして自室の椅子に座らせる。体格にはそう大差ないなまえが、いやに小さく見えた。
この部下は精神的に強く見えても、リオンと堂々と渡り合うことの出来る実力者であろうとも、やはり同年代の女で。いつもひとりで気丈に振る舞うなまえが、ここまで血に塗れている姿は初めてだった。
目の前の怪我人に負けじと顔から血の気が引く。なまえが居なくなったら。そんな現実になさそうで可能性はあり得る未来を頭に浮かべただけで、えも言われぬ虚無感に苛まれた。人を失う恐怖を味わうのは、マリアン相手以外には初めてで、

「何が、あった」

普段通りの声を装ったはずの声もどこか掠れている。しかし、ありえない程に脈打つ鼓動の音を感じながらも、意志と反する手の震えを必死に止めようとしながらも、現状を見据える思考はどこか冷静だった。
彼女が相手にしたのは誰だ。毎度毎度の如く突っかかってくる貴族か。歳下と舐めきった態度を取ってくる兵士か、はたまたなまえを女の身と侮り、事あるごとにヒューゴに彼女の退任を申し入れている高官か。

「これ、大半は返り血だし。特にはーーー」
「何があった」

頭に血が上っている。それは自覚している。
だが、平気でない筈であるにも関わらず、依然何もなかったかのように振る舞う彼女の姿に憤りを感じた。自分の下に居ながら知らない所で傷付いたという結果が気に食わない。
意図せず語気を強めて畳み掛けていた。

飄々と言い訳を連ねていたなまえが心なしか怖気付いたように見える。
初めて見る顔だった。それもまた神経を逆撫でする要因だった。

「……タイミング、ミスしただけ」
「何を」
「詠唱のキャンセル」

思えば、案外大雑把なところがあるこの少女は、晶術を使うのが好きではなかった。いっそ嫌いと言ってしまったほうが正しいのかもしれない。四六時中任務で共に過ごしているリオンだからこそ気付けるくらいの、巧妙に隠された事実であるだろうが。
嫌いという感情が苦手に直結すると単純な考えを持っているわけではない。だがしかし、なまえが晶術を使うときの一瞬の隙や僅かな躊躇いを思い出せないほどの短い付き合いではなく。

「……早く言え」
「何の話?」

小さな嫌悪を表したかのように眉を寄せたなまえには応えず顔を背ける。
最早自分でも何を言っているのか理解しがたい。得意不得意を見極め使いこなすのは上司の努めである。普段いくら茶化すような言動をしようとも、根っこのところでは忠誠心の塊のようななまえが苦手や不可能のような弱音を吐くものか。異常なまでの忠誠心を持つ部下、言うなれば彼女はそういった類の人間なのである。
そもそも、負けず嫌いな彼女が苦手なものを自ら申し出るなんてあるはずもないと悟ってはいるものの、口から零れ出る声は止まることを知らない。

「心配要らないよ。次はこの子の言葉をちゃんと聞いて動くから」
『あのねえ。なまえ、あんた私の忠告なんて今まで一度も聞いたことないじゃない』
『そうですよ。結局、坊っちゃんの忠告も、何だかんだ聞き流しているじゃないですか』
「はーい、聞こえない聞こえなーい。それじゃあ先輩、ちょっと着替えてくるので待っててくれます?」

ソーディアンたちと軽口を叩きながら、なまえが変わらない笑顔を覗かせる。

いつもより戯けて饒舌になる、それが無理をしている証拠だ。明るい表情が精一杯の強がりであると察せるほどには彼女は脆く、

「ごめんなさい。私ってば部下として失格だね、先輩」
「全くだ」

先ほどふらついていたのが嘘のように背筋を伸ばして足取り軽く離れて行く少女を、どうしようもなく綺麗だと思った。



この時彼女が相手にしたのはリオンを闇討ちしようとしていた少数のグループであった、と。なまえがひた隠しにしていた真実を知ったのは、それから暫く後のことだった。