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吉原に来た第7師団の女の続き
「見つけた……。団長、探したんだよ?」
「あ、なまえ。今面白いことやっててさー」
ありゃ、意外と団長機嫌良さそうじゃない?ひと暴れしたのか気に入った人間でも見つけたのか、足をぶらぶら揺らしている姿から察するに、少なくとも不機嫌じゃないみたいだ。
ほら、と団長の指差す先には、白髪コンビ。いや、何が面白いのか理解できないんだけど。理解したくもないけど。
「はあ?ストレート白髪と天パ白髪が仲良くしてるのが面白いの?団長変わってるね?」
変わってる、なんて今更か。同じ夜兎と言っても、例えば団長と阿伏兎は結構違う。私自身もまた然り。ま、確実に言えるのは、この団長は規格外ってことだろうか。
珍しく憎まれ口も軽口も何も叩かなかった団長が、ぷいっと反対をむいてしまった。あくまでも今の団長の興味の対象は、白髪コンビらしい。団長の顔色を伺おうと、正面側に回り込もうとする。
だがしかし、反応を返してきたのは思いがけない人だった。
天パのお侍さん(だと思われる人)が瞳を見開き、襲いかかるくらいの剣幕でこちらに食ってかかってくる。
「何だと!?大人しく聞いてりゃ言いたい放題言いやがってこのクソガキ!銀さんは銀髪なの!もうすぐサラサラストレートになる予定なの!」
かっちーん。クソガキって誰だクソガキって。もう大人だっつーの。ギリギリ成人してるっての。そりゃあ天パよりは年下かもしれないけど、こちとらニコニコ仮面の団長と一緒に(というか振り回されながら)それなりに場数も踏んでんだよコノヤロー。
ぐるぐると渦巻く怒りを心の中で鎮める。売られた喧嘩はスマートにバットで打ち返し、相手の顔面にぶち当てるのが信条だ。慌てず騒がず冷静に。焦りは禁物、今日一番頭をフルに使いながら、その男にとっておきの笑顔とセリフを叩きつける。
「あれ、白髪のおじさん頭大丈夫?ストパーかけてもクルクルパーになりそうな人が何言ってるの?」
あ、違った頭の中までもクルクルパーなんだっけ。流石はおじさん、伊達に年食ってないんだね?
おじさん!?とショックを受けている天パに向かってべえっと舌を出し、そっぽを向く。
「はいはい、なまえは何しに来たの?そこらへんうろついててって言ったはずなんだけど」
「あのね団長、男ならともかく、私がこんなとこで女引っ掛けて遊ぶわけないでしょ」
呆れた。やっとこっちを見たは良いけれども、言外に「なまえがいると邪魔だ」と主張している団長には、ため息しか出ない。邪魔なのは結構だけど、後から面倒事を押し付けてくるのはやめて欲しいわけ。だから先手を打ってここに来たわけだよ。日頃の行いをしっかり反省しろ、と言っても団長には効果がないのはわかりきってるから、わざわざ口には出さないけど。
まあ良い。第一目標は達成した。今現在団長が問題起こしてないんなら良いや。後は阿伏兎に会うだけ。そしてお守りを頼んだら、地球観光しよう。てか最初からそうしときゃよかった。これじゃあ自らトラブルに足突っ込んでるだけじゃん。
「でさぁ、阿伏兎しらない?探してるんだけど見つかんなくって」
「さぁね。どっかで女連れ込んでるんじゃないかな」
「団長じゃあるまいし、仕事中にそんな節操ないことしないと思う」
段々返事が適当になってきたのは気のせいじゃないはずだ。
まあでも、同じ団長の後片付け係として、阿伏兎が女捕まえてあれこれしてたら……うん、ちょっと、ねえ。プライベートで彼が何してようが勝手だが、仕事中だったら頂けない。せめて連絡先を聞くくらいにとどめてほしいなーなんて思ったり。ま、こんなの余計なお世話か。
さてさて、もうこの場に用はない。面倒な事に巻き込まれる前に、さっさとトンズラしよっと。
「私、ちょっと探してくるけど、ハメ外さないでよね、団長。後始末するの、誰かわかってる?私と阿伏兎なんだよ?」
「はいはい」
「わかったって返事に受け取るからね、それ」
とか言いつつも、心の中ではとっくの昔に諦めきっている。最早形骸化してしまったこの応酬。やっぱり駄目だ、この人全然気にしてない。
お得意のへらへらした笑顔で、視線を向けているのは白髪コンビだ。団長の頭の中を占めているのは、夜王鳳仙と天パのやりとりらしい。
しーらない。もう忠告したから。ここから何かあったら阿伏兎に全部丸投げだから。
もう面倒くさい上司はほっといて、地球観光でもしておこうか。ここ来るの初めてだからって何怖気付いてたんだか。寧ろ団長の起こしたトラブルに巻き込まれる方が疲れるっての。
無理矢理気を紛らわせ、手始めに美味しい物でも食べに行こうと踵を返そうとした時、頭にちらつくのは同族の女の子。
あー最後にこれ、聞いとかなくっちゃ。
「……さっき団長とどことなく似てる、可愛い同族の女の子見たんだけど。妹とか親戚?」
「へえ、もしかして神楽のことかな」
「神楽……ちゃん?妹?」
団長はそれ以上の答えを返さなかった。だがしかし、意外にも神楽という名に反応したのは、白髪コンビの片割れ、天パの方。小さく肩を揺らし、射抜かんばかりの鋭い視線をこちらに向け、手は腰に下げた木刀に軽く添えられる。
あれ、なにこれ。天パさん、神楽ちゃんって子と知り合いなんだろうか。もしかして襲うんじゃないかと疑われてる?なにそれそんなの冗談じゃない。
「やだなぁ、お兄さん怖い顔しないで?私、小さい女の子より、お兄さんみたいなガタイのいい男と戦うほうが好みだから、心配しないでちょーだいよ」
表面上は飄々と言ったつもりだけど、内心物凄く冷や汗もんだった。直感が、この男は危険、絶対に戦うなと必死に叫んでいる。
仮にも夜兎である。強い相手と戦うのは好きだし、生き甲斐だし、ここまでそうして生きてきた。だからこの場に立っていられるわけだ。
でも、この男とは戦えない。それは団長からの「手を出すな」という威圧感から読み取った意思であり、戦いに生きる夜兎としての純粋なる本能で感じる、曖昧であり確かである危機感から導き出された答えでもある。
どちらにせよ言えるのは、この白髪のお侍さんに、私は勝てない。
こんな風に思うの、団長と初めて戦った時以来かもしれない。こんなに強い恐怖感を感じながらも、心の底では戦いたいと思い、もっと奥底では手を引けと警鐘が鳴っている。
「なまえ」
「はいよー」
いつもの笑顔だけれども、声音だけは全く違う。この場に居合わせるなと団長が言っている、ならば取るべき行動は一つだ。
背反する様々な感情が渦巻く頭を抱えながら、渋々と元来た道へ歩みを進めた。