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時計塔の魔術師とウェイバーとの関係の続き







ーーー私、ウェイバーのこと、好きですよ。大好きです。

面と向かって言われたわけではない。第4次聖杯戦争の最中、突如冬木に現れた時計塔での同級生が、ライダーとの対話の中で言った言葉だ。他愛ない、何て事ない会話の中の一言だった。
自分はその場には居なかった。ただ、偶々扉の向こう側で聞こえてしまっただけ。今思えばライダーは自分の気配に気づいていたのではないか。思い返すたびにそんな考えが頭を巡る。

いっそ、忘れてしまえば楽になれる。それにもかかわらず、何度記憶から抹消しようとしても、彼女の台詞は頭から抜けてくれなかった。それどころか、時間が経過するにつれ、色濃く蘇ってくる始末だ。

柄でもない事は自覚している。彼女と自分は、そんな簡単に言い表わせるような関係じゃなく、お家事情や時計塔での身を置いている立場から鑑みるに、お互いに大変複雑な立ち位置にいる。
その上、何年も前の話だ。彼女も自分も大きく変わった。同じ感情をずっと抱き続けている筈もなく、今更言葉にするなんてことも、出来るわけがない。

それでも、この言葉がこれまでの支えになったのは嘘ではなく。まだ、彼女が心変わりしていない事を期待してなどいないと言えば、それは自分自身の強がりだ。





ドンドンドンドン、慎ましやかさの欠片も無いが、元気良くドアを4回叩くのは彼女の到着の合図だ。
些か乱暴なノックの後、開かれた扉からひょっこりと顔を出したなまえが、遠慮なく自室に入り込んで来る。

「私だよー、元気してる?」
「またお前か。菓子はないぞ」
「いいのいいの。持ってきたから大丈夫ですー」

誰にも物怖じしない、さっぱりとしたなまえの物言いは昔も今も変わらない。右手に持つ高級そうな菓子の箱を見せびらかすように小さく左右に振り、我が物顔で椅子に座る。
ここ暫くは当主が世代交代したとかでドタバタと慌ただしくしていた彼女だが、こちらに顔を出すという事はひと段落ついたらしい。
ベリベリと適当に包装紙を破る姿はもう見慣れた。淑女として如何なものかと注意していたのはいつまでだったか。ここでくらいは息抜きさせてやろう、そう考えるようになるくらい、自分はなまえに甘いらしい。

「これね、お客さんから貰ったんだよ。食べる?」
「いらん」
「だよね。私も、これ美味しいからあげたくない」

こちらの意思表示を聞くや否や、クッキーを口に放り込む。
だったら何故聞く、そう言葉にするのはもう止めた。口では何だかんだ言っていても、「欲しい」と一言言えばくれるのだろう。それが彼女のわかりにくい、それでいて変わらない優しさだ。そして、その不器用な優しさを優しさだと認識できるくらいには、なまえのことも良く理解している。

いい年した大人が、子供のようにクッキーを貪り食べている様子をぼんやり見つめていると、華奢な彼女の右腕に包帯が巻かれているのに気がついた。長袖のブラウス、袖口から見えるか見えないか、ギリギリのところ。白い包帯がちらりちらりと存在を主張している。

「怪我したのか」
「は……」
「右腕の包帯だ」

成る程、良く見れば元来右利きであるはずの彼女が、いつもとは違う左手でクッキーを掴んで食べていた。
それを指摘すると、菓子を食べていた時の、この世で一番幸せそうな表情から、みるみるうちに不機嫌な顔になる。

「見縊らないでね。私を誰だと思っているの。これくらい、全然大したことない」

傷の一つや二つくらい、ついて当たり前よ、ばか。ぷいとそっぽを向き、菓子を咀嚼するという作業に戻る。

それこそ、一体何年の付き合いだと思っているんだ、そう、問いかけたい。階段を踏み外してこけて、涙目になっていたのは何処のどいつだ。椅子に足を引っ掛けて、額を机に強かにぶつけ、ぼろぼろと涙をこぼしていたのはオマエだろう。
誰よりも痛みに慣れていなくて、誰よりも痛みに無防備だった彼女の、一人で我慢をする癖は全く抜けていない。

変わっていない。歪なまでの強さも、飾らない、ありのままの態度も。こちらに向ける屈託のない笑みも。
変わったのは自分だ。立場も、名前も。全てのものが変貌してしまった。自分で選んだ道を後悔してなどはいないけれど、残してきたものは余りにも大きい。

「……無理はするなよ」
「そっちこそ、疲労でぶっ倒れないでよね。プロフェッサー?」

茶化すような声に黙りを決め込む。
自分たちの関係を「甘ったるいものではない」という彼女の評は言い得て妙だ。
お互いに好意を持っていて、それが通じ合っていればめでたくゴール、そんな時代はとっくの昔に去ってしまった。もしかしたら存在しなかったかもしれない。
精神的にか肉体的にか、或いは両方か。ボロボロになった時に、辛うじて縋りつくことが出来る相手を、お互いたったの一人しか知らなかった。ただそれだけ。
ズタズタにへし折られて、どうにも上手くいかない時に、ちょっと寄り道して一休みする、そんな関係。傷を舐め合うわけでもなく、慰めるわけでもなく、ただ、そこにいるだけで良かった。互いのプライベートには介入しない、それでも誰よりも相手のことを知っている、そんな相手にちょっと寄りかかってみる、何でもない時間が一番の特効薬だったのだ。

世界の誰よりも知っていて、しかしその誰よりも知らない彼女。何処までも真っ直ぐな瞳に、二の句を告げる事は許されず。今日もまた、何があったのか追求するすべもなく、ただ黙って煙草をふかしていることしかできないのだ。