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※hollow ataraxia軸の話


まだ、お昼時だった。



もう、どうにでもなれ。

出来うる限りの早口での詠唱、魔術で出来た氷の矢は、一目散に目の前のサーヴァントに向かい、

「ーーーッ!」

背中を向けたままの彼の赤い槍が、私の氷を喰った。パキ、とあっけない音と共にそれは離散し、消えてゆく。そいつはくるりと振り返り、歯を出して笑った。バイトをしているらしい喫茶店の制服を着たランサーの、嫌味のない、いっそ清々しいまでの笑顔。

「まだまだだな、嬢ちゃん」
「……っ」

声が出せない。加えて、動けない。
それは自分の首元に、身体と頭が別々になる寸前で止められた、ヤツの槍があるからだ。
ご丁寧に、首と接触するすれすれで止めていたそれを、玩具を扱うかのようにくるくると回して引っ込め、

「どうした、らしくねえじゃねえか」

まるで、近所で偶々会ったかのようなセリフを発した。

「は……?」

私らしいって何だ、とか。知ったような口を聞かないで、とか。言いたいことは沢山あったけど、思いがけず間抜けな声が漏れた。
いや、何考えてんだこのサーヴァント。確かに私と彼の仲は悪い方ではなかったし、気軽に声をかけれるような間柄ではあったけれど、攻撃した後にこんな顔するなんて、反則だ。
戦意は削がれてしまったし、もうどうすればいいのやら。はは、と乾いた笑い声とともに、背の高いランサーの胸のあたりに軽く拳を押し当てる。
何だろうな。ほんと、調子狂う。

「甘い。甘過ぎ、激甘だよランサー」
「そうかもな」

ぐしゃり、少々乱暴に頭を撫でられ、髪の毛がくしゃくしゃになった。ランサー、甘やかしすぎだよ、私を。
何がどうなっているかわからない現在を、どうやって生きればいいのかもわからずに、ただただ同じ4日間を繰り返していくだけ。こんなことをして、何も変わらないのはわかっているけれども。頭の中がぐるぐる、かき混ぜられているようだ。

「バカーーーは、私か。ごめん、今のはちょっとした気の迷い。忘れて」

気の迷い、だなんて。しかもそれを、忘れて欲しいだなんて一方的、自分勝手な言い草。それを堂々と言ってしまっている自分に、また苛々が募る。わからないことだらけで、自分で調べても調べても全然キリがなくて、そしてまた、こんなことも理解できない不甲斐ない自分に苛立つ。とんだ悪循環だ。

「寄ってくか?」
「うん」

若干柔らかくなったランサーの声音。喫茶店を指差しながらの問いかけに、こくりと静かに頷く。
存外私もお子ちゃまだな。本当に、他人に甘えてばかり。

「一杯サービスだ。誰にも言うなよ、嬢ちゃん」
「……うん」

ああ、もう、これだから私は子どものままなんだ。