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ロンドン、時計塔。


「ったく、なによ、人の顔見て一言目にはチャイニーズって。ジャパニーズとチャイニーズは顔も中身も違うっての」

ぶつぶつと、お世辞にもいいとこのお嬢様だとは思えないようなぼやきが聞こえてきた。
ウェイバーが振り返ると、手に魔道書らしき書物を数冊抱えた、小綺麗な格好の女が、独り言を言いながらこちらに歩いてきているところだった。一歩進むたびに頭の上の、黒い布地で出来た大きなリボンが揺れる。あまり外に出ていないような彼女の白い肌に、漆黒の衣装はとても似合っていた。
なのに。

「本当、ヨーロピアンって、アジアンはみーんなチャイニーズだとでも思ってんのかしら……間違えられるのにもいい加減飽きたわ……せめて別の国の名前が聞きたいものよね……」

時々、Fuck!とかDamn it!とか、淑女にあるまじき言葉が聞こえてくるのは、きっと気のせいだ。スラングなんて空耳に違いない。
悪いことはしていないはずなのに、なんだか見てはいけないようなものを見てしまったかのような罪悪感に襲われ、ウェイバーは内心頭を抱える。

と、突然彼女の独り言が途切れた。やっと解放されるのかと顔を上げると、その張本人と視線がばっちりあう。

「なに?」
「は……」
「何か用でもあるの?えっと……確か、味覇(ウェイパー)みたいな名前だったような」
「ボクはウェイバーだ!!!」

ウェイパーって何だ。
というより、そこまで覚えているのなら、ちゃんと正しく名前を記憶していて欲しい。頭にカッと血が上り、反射的に声を荒げて訂正してしまい、はっと我に返って大きく息を吸い込む。

「ああそうそう、ウェイバー……ベルベット。失礼、私名前を覚えるの、とんでもなく苦手なのよ。気に障ったなら謝るわ、ごめんなさい」
「あ、いや別に、ボクも……」

呆気にとられた。まさかこんなに軽く謝られるとは思ってもいなかったからだ。見た感じいいとこのお嬢様らしき少女なのに、自分の非はきちんと認めることが出来るらしい。
いきなり怒鳴ってしまったことについて、少しは謝罪の意を示そうとした途端、

「で、なに?」

ぶすっとした、あからさまに不機嫌な表情でこちらを覗き込んでくる。思いの外、近くなってしまった顔の距離にギョッとして飛び退くと、さらに彼女のご機嫌がよろしくなくなる。割と思ったことが顔に出るタイプらしい。

「いや、えっと……オマエって、結構変人なんだな」
「何よ。人の顔見て二言目には変人?私から見たら貴方達もよっぽど変人なんだけど」
「確かにオマエみたいな変人から普通の人間を見たら、変な奴に見えるだろ……」

なによぅ、と頬を膨らませる姿は、まるで背伸びしてお姉さんぶっている幼い女児のようだ。
気分を害されたと言わんばかりに眉をひそめ、彼女は早口でまくしたてる。

「それともなに?私の英語の発音が悪いとでも?悪かったわね、でもジャパニーズは総じて英語の発音が良くないの。民族の宿命みたいなものなの。上手なのはほんの一握りの人だけなんだから。諦めてね」

人の話聞けよ、という言葉は予想外の事実に押し戻された。何だこの女、日本人なのか。欧州の人とは別の雰囲気を醸し出していたけど、あの極東の島国から来たのか。突然のカミングアウトに、ぽかんと間抜けな顔を晒してしまう。
怒涛の展開に、置いてけぼりをくらったような気分だ。

「で、退いてもらえるかしら。貴方が知っているかどうかはわからないけれど、私もそれなりに忙しいの」

頭がうまく働かない。言われるがままに、左側に少し避ける。書物を胸に抱いてせかせかと歩き出した彼女は、少し進んで立ち止まった。くるりと優雅に振り返る。

「あ、それと。今度からはオマエじゃなくて、なまえって呼んでね」

ウェイパー、じゃなかったウェイバーまたね、とひらひらと手を振る後ろ姿に、毒気を抜かれた。今度会った時にはウェイパーなんて呼ぶなよ、と心の中で釘を刺しつつも、廊下の真ん中で彼女を見送るウェイバーの口元は、ほんの少し緩んでいた。