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頽廃空虚番外編


「先輩が間違ったことをしていたら、私が許さないから大丈夫。上司を諌めるのが部下の役目、だからね」

ことあるごとに彼奴は、そう言って笑った。リオンより年上のあどけない顔をした少女だった。ルーティやスタンたちとあまり年齢は変わらないくせに、このパーティの中では誰よりも子供っぽい、悪戯好きの明るい人間だった。そして、口癖のように「大丈夫だよ、君は間違ってないよ、先輩」と諭してくれたあの少女は、もうこの世界には存在しない。置いてきて、しまった。リオンは沈黙したままぴくりとも動かない。腰にぶら下がっているシャルティエもそれについて何も言わない。

「なんで、あいつは。あいつは!僕なんかを、庇って」
「坊ちゃん……」

任務である戦いの中で戦死したのなら、もっと簡単に割り切れるはずだった。もとより国に使える兵士である時点で、誰しもそれなりに死の覚悟はできている。それが望まないものだとしても、感情的に認めたくなくても、それが道理であると理性が理解していただろう。力が、技能が足りなかった、運がなかった、間が悪かった。だから死んだのだと。長らく側にいた部下なのだから、多少悔やむことはあっても、頭の中だけでは理解できたはずなのだ。
それでも、ここまで悔やんでいるのは、彼女が無茶をした理由が自分にあるからだ。生きる価値があるから、と。生きていて欲しいと涙に濡れた頬を拭うことなく、満面の笑みを浮かべて、リオンの代わりに、彼女は奈落の底に消えた。

「馬鹿ね。悔しいのはあんただけじゃないわ。知ってる?あの子、こう言ってたんだから」


ーーーだって、だってですよ、ルーティさん?

大好きな人を守るのが、間違っているはずなんかないんです。たとえ世界の全てを裏切ろうとも、一人の人間を守ろう、なんて中々できることじゃないじゃないですか。自分の命をもかけてまで相手に懸けるって。うん、だからリオンは間違っちゃいないし、私の行く道もまた、間違ってはいないんですよ。だって私は、ずっと前から同じことを続けてきた。今回のだって、ちょっとだけ規模が違うだけで、やってることはいつもと何にも変わらないんです。

ーーーなんで、なんでなまえはそこまでリオンを……。

ーーーだって、大好きだから。私の側にリオンがいない世界なんて、生きていけないから。過去に救ってくれたとか、そんなの関係なしで、私は先輩のこと、好きなんです。

「笑ったのよ。あたしたちが今まで一度も見たこともなかった、あんただけにしか向けてなかった最高級の笑顔で、なまえは言い切ったんだから!」

大好きな人を守るのは、間違っていない。例え、例えそれが世界すら裏切ろうとも。マリアンのためにがむしゃらに足掻いていた自分を、彼女はそういう目で見ていたのか。
改めて感じた。彼女は強い。リオンが意図して考えるのを後回しにしていた問題に、あっさりと答えを出してしまった。そして、あの部下は、なまえは、とんでもなくお人好しで、これ以上ないくらい馬鹿正直に人生を終わらせた。こんな自分なんかを、最後まで信じきって。

かちんと氷漬けにされて、頭が上手く回らない。まさか。ルーティが彼女の屈託のない笑顔を見たことがなかった、なんてそんなことはないだろう。彼女はよく笑った。まるであまり感情を露わにしない自分の分も笑ってくれているかのように。旅の途中だってスタンやルーティに話しかけては、けらけらと笑い転げていたのをよく後ろから見かけていたのだから。
そう、なまえは比較的人付き合いの上手い人間だ。すぐにスタンやルーティと打ち解け、何故なのか結局わからなかったが会話を交わすことができたソーディアンたちとも世間話を絶やさず、それ故に交友関係も広かった。言われれば、嫌いな相手にも精巧な作り笑いを浮かべて、気が付いた時には目的の情報を得ている。性別の差による力不足を、自らの努力の結晶である数々の技巧でカバーしていた。それでも気を許した相手にはすぐに懐く、ある意味わかりやすいとも言える、明るい少女だったのだ。

「馬鹿な。あいつはへらへらといつも笑っていただろう」
「本当に知らないの?なまえはあんたの前だけでは、心底嬉しそうに笑うのよ」
「な……!」

ーーー先輩が楽しそうにしてるのを見るのが、私にとっての幸せなんだよ。今の私のやりたいことは、君を心から笑わせることなんだ。

ぱちん、と最後の何かが頭の中ではまったような気がした。それと同時に、やっと理解が及んだ。
彼女はマリアンを守ろうとする自分の姿を見て、何を言うともなく全面的な信頼を寄せていたのだと。大切な人を守ることは正しいことだという信条のもとに、自分がどんな道を選んでも必ず忠誠を誓っていたのだと。
それは好きとか尊敬とかそういったものを遥かに超えていた。自分の隣にいるのは当たり前だったのだ。最初は慣れなかった直属の部下だって、次第に自然体で接することができるようになって。時たまされる悪戯には辟易していたけれど、そうやって怒ったり呆れたりする日常もどこか楽しくて。

「先輩は馬鹿だなあ、私のことなんて気にしなくて良いのに」

真剣な眼差しで、部下はあくまで手足であり、必要とあらばすぐさま切り捨てるべきだと諭してきた彼女の横顔が脳裏にちらつく。

失って気づくものがある、なんてよく言うけれど。まさかこんなにも言葉通りになるとは思いもよらなかった。