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海事都市グリニッジ

Dressing is a way of life.


 10分程経った後、ロードから連絡が入った。時計塔の事務部から生徒の情報を入手し文書にまとめた上に彼の教え子を捕まえることに成功したらしい。他人以上知り合い未満の関係ではあるそうだが、全く知らないというわけでもないようなので気になる事はその青年に聞いてくれ、とのことだ。いつものことだが仕事が早い。あの針金みたいな細い体がストレスや物理的負荷に侵されていなければ良いのだが。

そのロードに師事している青年の強い要望でテレビ電話をすることになった。案外ロードは教え子に甘い。こちらとしては犯人の名前と顔などの情報が手に入ればよいものだが、どうしても牡丹を一目見たいとせがまれて押し切られたのだそうだ。
俺の牡丹なのに、柄にもなくそう思ってしまったのは誰にも言えやしない。何様のつもりだ。格好悪いにも程がある。

◇ ◇ ◇

最高学府たる時計塔で学んでいる学生だから、学者気質の人間か貴族らしい高潔な人物なのかと思ったら、端末越しに聞こえてきた声音はそのどちらのイメージとも結びつかなかった。

『うわあ、あの子ですよね!日本から来たっていう小さな女の子!先生、ジャパニーズ・ドールの彼女と知り合いだったんですか!?早く教えてくれればよかったのにー!』
「え」
「……はい?」

テレビ電話なんて最新科学のもの、根っからの魔術師が使えるのかと思っていたがU世はそこのところ柔軟な人間らしい。牡丹が勧めて彼の研究室に設置した最新鋭の端末を使い、度々こうして通信を行っている。牡丹の目の前にある小さな端末さえあれば、いつでも交信ができるという便利な代物である。この端末、俺が大方を組み立てて牡丹が少し手を加えたという手作りのものであるのだが、なかなか高価で複雑な機械でありこれ以上量産できないのが難点だ。
その画面いっぱいに映っているのは、金髪に蒼い目をらんらんと輝かせた好奇心旺盛そうな年若い青年だった。ぶんぶんと勢いよく手を振る彼に応えるように小さく微笑んだ牡丹を見て、ロードが困ったように眉根を寄せた。まあいつも不機嫌そうな顔をしてはいるのだが、それに輪をかけてしわが寄っている。

例えるならば、学校のクラスに一人はいるようなお調子者のような感じか。良い感じに言えば社交的そうな明るい青年の声に、目を瞬かせて牡丹を見た。困ったような顔の彼女は、名前は知らないがどうやらロードの最古参の教え子であるらしい青年を遠目で見て偶さか覚えていたそうだ。

「ジャパニーズ・ドール……日本人形?牡丹、そんな風に呼ばれていたのか」
「諸事情で一度だけ着物を着て時計塔にいったことがあって。多分その時の噂が尾を引いて残っているんだと思う」

 「フランス人形」ならば褒め言葉にもなり得るだろうが、「日本人形」という例え文句は微妙なラインではある。根っからの日本人としては怪談の鉄板というイメージが強く、美しさと同じくらいに底知れぬ不気味さを感じることも多々ある。やはり、あまり人に向かっては言わないと思う。
これが日本人と西洋人のギャップか。日本人も対外的には同様に思われているのだろうが。

「まあ、黒髪に着物だったら目立つよな」
「極東の島国から来た小さなレディなんて、変に拗れて囁かれているから困っちゃうよねー」

ただでさえアジア系の民族とあって外見の面で目を引くのに、それに着物なんて身にまとっていたら二度見三度見されることも珍しくはあるまい。年下にみられるのだって東洋人の抗えない宿命である。
そんな牡丹は涼しい顔で画面に目を向けながら、テーブルの下では軽く靴を蹴ってきたりつついてきたり、つま先でぐいぐいと力を入れて来たり。子どもか。そういうとこが、まあ……可愛い、けど。若く見られがちなのは、少しばかり言動の影響もあるのかもしれない。

 テンション高く端末に張り付いている青年の後ろで、額を押さえているロードも苦労していることが伺える。無理やり猫を持ち上げるかの如く青年の首根っこを掴み、端末から引っぺがして非礼を詫びてきた。

『すまないレディ、後でよく言い聞かせておく』
『別に気にしていないよ、そんな心が狭い人間じゃないつもりだし。ただ、彼よりは確実に年下じゃないと思うから、私。それだけ誤解といておいてほしいかも』
『……努力はする。話が通じるかは保証できないが』
『あはは。ま、程々に頑張って。期待はしてないから気に病まないでね』

殊勝な態度のロードなんて珍しい、そうしみじみと言う牡丹の視線の先では問題児であり天才でもあるらしい青年が楽しそうにロードに食って掛かっている。なかなかに図太いというか能天気というか。

『ねー教授、その子に会ってみたいんですけどいつ来るんですか?』
『知らん』
『ええ!?先生のケチ!教えてくれないんなら研究室の前に張り込みますからね!』
『君はもっと別の方向に努力しろ!』
『あ、そうですよね。やっぱり自分で会いに行きます!すみません!』
『違う!』

牡丹は二人の押し問答を聞きながらけらけらと楽しそうに腹を抱えていた。なんだかんだでロードと教え子の青年は仲がよさそうである。ロードのストレスは加速していそうだが。彼の胃に穴が開かないことを祈るばかりだ。

『ありがとロード、そっちも忙しいみたいだから失礼するね』
『……無茶はしてくれるなよ、君』
『くどいな。心配し過ぎだよ。巻き込んだ罪悪感があるんならペイを弾んでー』

頬杖をつきながら端末に手を伸ばして通話を終了させる。「あ、教え子の金髪くん、名前聞くの忘れてたけどまあいいや」「いいのか?」「うん。別に会うこともないだろうし」、事もなげにそう言い切る彼女は見た目にそぐわずドライである。魔術師だと思えばそう不思議なものでもないが。
疲労感が滲んだため息を漏らした後、牡丹が目を合わせてふにゃりと相好を崩す。

「やっぱり士郎がいてくれた方が安心だなあ」
「俺、何もしてないけど」
「あのね。仕事の時だってプライベートだって、大好きな人がすぐそこにいてくれるだけで嬉しいんですー」

小さく漏れた彼女の言葉に、確かに安堵したという事実を実感して少しばかり困惑した。
なんだ、今の。気の置けない仲のように牡丹とテンポの良い会話を交わしていたロードに嫉妬でもしていたのか。こんなの、いつものことじゃないか。

「どうしたの?」
「……何でもない」

 やられた。自覚していたよりも牡丹の存在は俺の中で大きくて、いつも見ていた彼女の顔がどうしようもなく眩しかった。




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