×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -



海事都市グリニッジ

Peace begins with a smile.


 ある程度犯人の素性が割れているのならば急ぐ必要はない。時計塔に連絡して、彼の足取りを掴めばよい話である。面倒ではあるが、それほど難しい仕事ではなかった。
 取り敢えず息の詰まるような地下室から抜け出すことができたことに安堵する。比較的近くの場所に会ったカフェテラスでひと息つこうと店に入った。入り口付近のカウンターで紅茶と菓子を頼み、凝った装飾が施されている洒落た番号札を受け取って席を探す。
 窓際の日当たりの良い二人席に着いた途端にぷくーっと頬を膨らませた牡丹が簡易的な結界を張った。おおよそ俺と牡丹が向かい合わせに座っているテーブルの範囲内、ここで話している内容が外に漏れないようにという配慮からの魔術の行使だろう。今後の方針を練る場にカフェを選んだのも苦肉の策だ。また襲撃されてしまうかもしれないため本音を言えば一部屋借りるのが良いのだろうが、このためだけにホテルを取るのも金が勿体ない。それに移動している間に犯人に逃げられたら面倒なことになる。

 ふうと小さく息をつき、店員がぶっきらぼうに運んできたハーブティーに口を付ける。ふわりと口内にあたたかさが広がった。よく家で飲んでいる市販のものと違って香りが高いしハーブの味がくどくなく、後味も悪くない。俺が淹れた紅茶と全然違う。まだまだ修行が足りないようだ。これに負けないくらいに入れられるように研究しなくては。

 ああ、少しだけ疲れてしまったかもしれない。本当に、少しだけ。
 こう腰を落ち着けると気が抜ける。考えてみれば妙なことになったものだ。いつものように運び屋としての仕事をするのかと思えば、探偵の真似事をする羽目になるとは。

「……怪しい。怪しすぎる。どうして犯人の名前を教えてくれないの、偽名使ってたから本名がわからないなんて言い訳、通じるはずがないでしょ、もーっ!」
「確かに、俺たちが襲われたのもその場所も知っていたような口ぶりだったし、モノを取り返して来いと言った割に急いでいないことも気にかかるな」
「企んでいるにしても、こうもバレバレだと粗末すぎるよねえ」
「それに、ロードが仕組んだようには思えないし。あの人がこんなに隙だらけな計画を練るとは思えないだろ」
「んー、そんなにロードの腕を買いたくないけど、それもそうなんだよね。流石にこんなに馬鹿じゃないだろうから、そうなると……」

 なるほど、こういうことは本人に直接確認するに限る。牡丹が取り出した携帯電話を操作し、テーブルの真ん中に置いた。本当はカフェの中で大っぴらに電話をかけるのは気が引けるが、結界を張っているために他人に気を使う必要もないだろう。
聞きなれた電子音が響く。
 3コール目にして音が途切れた。プツリと小さくノイズが入った後にHello?と不機嫌さを隠そうともしていないロードの声が聞こえた。

『もしもしロード、ご機嫌いかが?』
『君か。主鏡はいつ頃持ち帰れそうだ』

 スピーカーフォンにしているため、牡丹の携帯電話から不機嫌そうなロードの声が漏れる。いつもなら(毒は混じっているが)にこやかに切り返す牡丹も、今は虫の居所が悪いために輪をかけて語気が強くなっていた。この場は黙っておこう、こういう時の牡丹の前で口を挟まない方が良い。

『さあ。泥棒から取り返さなきゃいけないから何とも言えないかな。それにしても、どこかの時計塔がこんなとこにアルバイトを紹介する仕事もやってるなんて初耳ですー』
『何だと?』
『時計塔のひよっこがここで働いてて、副鏡を持ち逃げしたって。だから私が派遣されたって聞いたよ。違うの?』
『……』

 牡丹の問いに対する返答に代えて息を長く吐いたような音が聞こえた。いつものようにロードは煙草を吸っているらしい。不自然なくらいに降りた長い沈黙は、依頼者たる彼もこの事態を想定していないということを物語っていた。

『NOと捉えていいんだよね』
『君を潜り込ませるのが目的であったのは事実だ。ここまで踏み込んだ事態は想定していなかったが』
『そんな言い方するってことはもしかして、別件を調査してたとか』
『似たようなものだ』

 歯切れの悪い様子から察するに、俺達には言えない事情があったとみた。多くを語ろうとしないのはまだ説明することができないためか。ここまで踏み込んでしまったのだから説明するべきなのではないかと思うのだが、それほど英語は堪能でないために口を挟むタイミングを見失っている。

『ほんとにロードの仕業じゃなかったんだ』
『当然だ。そこまで君に頼むのなら、もっとペイを高くつけているに決まっているだろう』

ギブアンドテイクの関係である二人を象徴している、「らしい」言いぐさである。牡丹が諦めたように小さく笑い、一度ストレートティーに口を付けた。

『わかった。いいよ、こっちでなんとかしておくから。ロード、フランス訛りの学生で……金髪碧眼の青年、天文系に興味がありそうな子、調べて。名前は聞いてないんだけど、最近天文台に派遣されたみたいだよ』
『……少し待っていてくれ』
『君の教え子の金髪美少年とかに聞いたら早そうかも。大体アレくらいの年格好だったからさ。後で連絡してね』
『承知した』

 多少は彼の事情に巻き込んだ罪悪感はあったのか、ロードは珍しくすんなりと請け負った。そしてまた静寂が訪れる。
本当に、襲撃してきた青年は何の目的があったのか。人目に晒されるというリスクを冒してまで俺たちに攻撃をしかけてきた理由。天文台長のミスリードでなく、本当に彼が主鏡と副鏡を盗んだ人間であるのならば、それについても使用用途やその方法についても疑問が残る。

 ふう、一度ロードが煙を吐き出したようだ。目の前にいる牡丹と視線を合わせる。彼女は小さく首を傾げた。

『そこにシロウ・エミヤがいるだろう』
『え?あ、うん』

 唐突に声を発したロード、驚いた牡丹が持っていたティーカップが大きく揺れる。

『代わってくれたまえ、レディ。彼に話すことがある』
『……私、ロードにそう呼ばれるのは嫌いじゃないよ』
『何だ』
『―――代わるね』

 丁寧にスピーカーモードを解除して、牡丹が携帯電話を手渡してきた。
 良いのだろうか、少しだけ躊躇してからそれを受けとる。「席外した方が良い?」「いや、ここにいてくれ」、短い会話を交わしてから端末を耳元に持っていく。

『代わりました』
『すまなかったな。探偵の真似事をさせる予定ではなかった。もちろん君のレディなら容易くやってのけるだろうが』

 憎らしい限りだよ、そう言ってロードは嘆息した。それは手を伸ばしても届かぬものに焦がれているような、俺の中のイメージの彼には似合わない言葉だった。
謝るのならば俺じゃなく牡丹相手にだろうと思ったが、それを指摘することはかなわなかった。声を発そうと口を開くと同時にロードの声が流れてくる。

『使い程度ならばと踏んでいたが、どうやらそうもいかないらしい。……彼には気を付けてくれたまえ』
『彼、ですか?』
『天文台長だ。元はと言えば彼の動向を探るために適当に遺物を借り受ける手はずだった』

 天文台長に目を付けていたのか。なるほど、それを探るための「お使い」だったわけだ。
 確かに、現代魔術科の君主という肩書を持つ彼ならば、「望遠鏡」という割と現代風の展示品を借り受けようと持ち掛けるのはそこまで不自然じゃない。というのも素人考えではあるのだが。

『しっかり守ってくれ。君にはそれができるだろう』

 言葉の裏に、自分にはできないと自虐する本音が見て取れた。その真意は掴めない、きっとそれをロードは望んでいないだろう。俺が言うべきことは一つである。

『言われずとも』
 
 牡丹はのんびりと紅茶を啜っていた。俺の視線に気が付いたのか、小首を傾げて見上げてくる。

『……そうだな、今更だ』

 それは、何かを渇望しているようで諦めているような、そんな声だった。


前へ次へ
目次