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夢の中なら言えるかな




だって野崎の手料理は食べてるの見たことあったからさ、こう、直接面と向かってNGを突きつけられるのは結構堪えるっていうか。

「どうしたらいいんだろう……」
「俺は先輩から何を頂いても嬉しいんですけどね……。中学の時から差し入れとかで色々頂いていましたし」

美味しかったです。そう笑う若松はいい後輩だよ。

たまたま帰りがけに会った若松なら私の気持ちをわかってくれるだろうと事態を説明したら、思った通り真剣に考えてくれている。やっぱり私の目に狂いはなかった。さすが。

「若松は良い子だねえ。世界中の男子がみんな若松みたいだったら良いのになあ……」
「だいぶ疲れてますね、先輩」
「うん……」

そりゃあ疲れるよ。バレンタインはもうすぐそこに迫っているんだもん。
二人並んでトボトボと歩く。そういえば、出会い頭に「今日は野崎先輩に新曲を貰いに行くんです!」とか若松がどこか楽しそうに話してくれたっけ。新曲っていうと若松がハマり込んでいる声楽部のローレライ、つまり結月の曲か。誰経由で音源入手してるんだろう野崎。

「あ、じゃあ野崎先輩の家でお手伝いするとき、手作りのお菓子を差し入れてみるのはどうですか?それで堀先輩の反応とか、感想を聞いてみて本番どうするかを決めるとか!」
「……なるほど。たしかに」

じゃあ今から若松について野崎の家に行ってみようかな、堀がいるかどうかはわかんないけど。

「若松ってたまに大丈夫かな?って思うときもあるけど、こういう時頼りになるね!」
「先輩、それ俺褒められてます?」
「うん、褒めてる褒めてる!ありがと若松」

はい!と元気よく返事してくれる若松は、なんかご主人に忠実なワンちゃんみたいだ。

◇ ◇ ◇

若松の言葉から考えついた思惑通り、家で作業していた野崎、堀、ついでに一緒に来てくれた(元々野崎の家に行く予定だった)若松を背にして台所を借りた。持ってった材料を広げ、最早勝手が分かりきっている台所スペースで作業を始める。
チョコを湯せんで溶かしながら、どうせなら千代も誘えば良かったなんて今更すぎることを思った。なんだか後ろめたいようなそうでないような。いや私は野崎にそういう意味での好意は持ってないし、寧ろ家とか作業場とかを私用で利用してるみたいで大変申し訳ないのだけれど!まあでも野崎は漫画のネタやインスピレーションの源になればそれでいいしだろうし。それが野崎へのプレゼントってことで。

「と、言うわけで。バレンタインデーの練習を兼ねてお菓子を作ってみたのでどうぞ!あ、苦手だったりしたら大丈夫だけど。感想とか教えてくれると嬉しいなあ」
「あ、ありがとうございます!」

割と顔に出にくい堀や野崎と違って、若松は素直に表情に出してくれるから可愛いなぁ。
はい、と机の上にお皿ごと置いたところで、ちらりと堀を盗み見る。ううむ、わかんない。どうだろ、食べてくれるかな。やっぱり私なんかの手作りじゃだめかな。

早速ひとつお菓子を摘んで口をもぐもぐさせている若松の袖を引っ張って、部屋の隅っこに連れて行く。

「ね、ちょっと若松に頼みがあるんだけど」
「何ですか?俺にできることなら!」
「私、台所行っておくか外出ておくからさ、堀がどう言う反応してるのかあとで教えてくれない?」

ぽかん、若松の目がまん丸になる。
だって怖いんだもん。真正面から否定されちゃったらしばらく落ち込んで立ち直れない。

「え?先輩何処か行っちゃうんですか?何で!?」
「だってやっぱり無理って言われたら心折れちゃうって言うか……!」
「ええ!?ま、まあ良いですけど……」

どこか腑に落ちないような顔をしてる。ここまではノリと勢いでなんとかなったけど、いざこの事態に直面したら気後れしたっていうか緊張してきたから見たいような見たくないようなそんな気持ちで。

「どうしたんだみょうじも若松も。ってかお前ら接点あったっけ?」

え。
その張本人に声を掛けられ、二人一緒に勢いよく振り向く。

「あ、えっと若松も中学一緒で。バスケ部つながり」
「あー、なるほどな。3人とも同じ中学出身か」

あんまイメージ湧かねえな、そんなことを呟き堀がお菓子を2、3個つまんで口に放り込んだ。

あれ。私の聞き間違いじゃなければ今堀「これ美味えな」とか何とか言ってくれたような。
思わず隣の若松と顔を見合わせる。

「え、あの、食べてる……?」
「あ、本当だ。やっぱり食べてますね」
「?何のことだ?」
「あの、この前手作りのお菓子だめって聞いたから。堀は食べれないかなって思ってて」

でも野崎のご飯は食べているの見たことあったからちょっと確かめてみたくて。なんて、試すようなことしてるなんて事実はさすがに言えず、曖昧に笑う。

「ああ、俺、仲良い奴のだったら普通に抵抗なく食えるから。これ美味いな、サンキュ」
「え、あ、うん、どういたしまして……?」
「よかったですね先輩」
「う、うん……!」

良かったけど、新たに湧き出た疑問が一つ。
さらりと仲が良いって言われたのは良いけど、嬉しいんだけど。仲いい奴ってどういう意味なの。私、堀の中でどの辺りにカテゴライズされてるんだろう?

◇ ◇ ◇

バレンタインデー当日。早起きしてチョコを鞄に入れて。閑散とした電車に揺られるも、今日の予定なんて頭からすっぽり抜けきっていてノープランだったということに今更ながら気が付いた。

「うう、あげるにしてもこれ予告したも同然だよね、自分で凄いハードルあげちゃった気がする……!」

どうしよ、だって教室で渡すの気がひける。堀以外のメンバーにあげるチョコは野崎の家に置いてきたし。若松とか御子柴はいつ会えるかわかんないから野崎の家に行ったときにでもセルフサービスで持って行ってくれればって思ってその旨メールもした。因みに若松からは「みょうじ先輩らしい渡し方ですね、ありがとうございます!」と返事が来たけど褒められてはいない気がする。絶対。

このままいくといつもより早めに教室に着くけどそこからどうしよう。だってバレンタインデー本番なんて女の子たち早起きして好きな人の机にこっそり入れとく、とかそういうのしそうだから知り合いにばったり会っちゃうかもだし!

「みょうじ?」
「え?」

いつもよりだいぶ早い電車、若干人の少ないこの時間帯、知り合いに会うはずなんてないと思ってたのに。
ぽん、軽く肩を叩かれて振り返ると頭の中を占める本人の姿。ほんとは会いたいけど今日まだ心の準備がちょっとできてないっていうか……!

「はよ。珍しいな、この時間の電車に居るなんて」
「あ……堀おはよ。早いね」
「ま、今日ばかりはな。普通の時間に登校してたら鹿島のアレに巻き込まれちまう」
「あ、あはは……」

アレとは言うまでもなくバレンタイン戦争だろう。今日女の子たちすごそうだなあ。

「堀も大変だね」
「部室もチョコレート置き場になるからな。今日はおそらく部活も活動できねえだろうし」
「心中お察しします……」

今日は部活中止かな。もしかして部長命令で強行してやるのかな。じゃあチョコは放課後より朝渡した方が良い?
頭の中でくるくる回るチョコレートを渡す計画。いつもだったら嬉しい会話だって八割方は頭に入ってこない。本人を目の前にしてこんな考える羽目になるなんて、どうしてきちんと段取り考えてなかったかな昨晩の私!

あれ。もしかしてもしかして、今がチャンスだったりする?周りには同じ制服を着てる人はいない、知り合いもいない、人もまばらでイヤホンしてたりスマホをいじってたりしてこっちを気にかけてる様子もない。
「みょうじ?」と俯き加減の顔を覗き込んでくる堀に、どぎまぎしながら鞄に手を伸ばす。いいや、あげちゃえ。ムードもへったくれもない場所だけど、勢いが大事って言うし。何より、二人きりになるチャンスなんて今しかないかもしれない。

がんばれ、私。せっかく作ったんだし、渡しちゃわなきゃ勿体無いよ。

視界の片隅をよぎる可愛い赤のラッピングをしたチョコレート。両手で持って堀に差し出す。

「はい、どーぞ。堀はバレンタインいっぱい貰うだろうけど、良ければ食べてください」
「くれんのか?さんきゅ、ありがたく食うな。みょうじ、菓子作り上手えから味も期待してる」
「良かった。……堀のだけちょっと多めに入れているから、他の人には内緒ね?」

今は好きなんて言えないけど。ちょっとだけ贔屓してる、その意味に気付いて欲しいなんて我儘すぎるかな?

こっちを向いてくしゃっと笑う、大好きな笑顔にそっと誓う。いつか、ちゃんと本音を伝えるから。その時は私、ちゃんと頑張るから待っててね。