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バレンタインデー・キス




バレンタイン当日、学校が終わってから衛宮くんの家までとぼとぼと歩く。
流石にバレンタイン当日に学校でチョコ渡す度胸なんてなかった。

思い起こされるのはつい数日前の驚きの連続だったチョコ作り。頼りの綱の美綴はこう、割と大胆にお菓子作りをするタイプの人だったらしい。ドバッと勢いよく小麦粉やらチョコやらを混ぜ合わせていく様は、さながらクリスマス前にケーキを大量生産しているケーキ専門店の人みたいな感じだった。

「大量生産すればするほど美味しくなってくんだから不思議……」

手際良いし、飲食店の厨房とかそういうの向いてるんじゃないか彼女。
結局彼女の手腕に圧倒され、気が付いたら普通にレシピに忠実に作っていた。出来上がったお菓子の味も、まあ可もなく不可もなくといった感じだ。これはなんのために美綴を呼んだんだろう。いや断じて彼女が悪いわけではなく、ただ想定外の事態に呆気にとられていつものノリで作ってしまった自分が悪いのだけれども。
もう、クオリティの高いものを求めるのが間違ってたんじゃないだろうか、作る人間のスキルって1日そこらじゃ上がらないんじゃないんだろうきっと。とりあえず見た目は上手く出来上がった菓子の味見をしながらそんなことを思ったのも良い思い出なのかもしれない。だって、女友達と仲良くキッチンで料理するとか初めてだったし。美綴だって何だかんだで楽しそうだったから。

いいや、もう。こういうのって要は気持ちの問題って美綴も言っていたから。人間生きているうちは諦めも大事。腹を括って衛宮くんにチョコレートを渡すことにしようと深呼吸。

「あの、衛宮くーん?」

そういえば、アポも何もなしに来てしまったけれど大丈夫だろうか。最早何度目なのかわからない訪問だけど、流石に勝手に戸を開ける訳にもいかず、慣れたように呼び鈴を鳴らす。
ピンポーンと一度だけ響いたベルの音。暫く待つと、足音とともに「待たせてすまん、寒かっただろ」という気遣いの言葉を添えてひょいと顔を出したのは衛宮くん。
良かった、もう家に帰っていたらしい。居なかったらここで待たなくちゃいけないところだった。そんなことも確認せずにノコノコと人の家にやって来ていたなんて、そんなことも思いつかなかった自分に苦笑いをする。

「あ、みょうじどうしたんだ?」
「えっと。ちょっと遊びに来てみました、みたいな……」

じゃないでしょう私、チョコ渡しに来ましたって言わなきゃいけないのに。怖気付いて口からついて出たのは想定外の言葉。
わかっているのかいないのか、衛宮くんが招き入れるように戸を開いた。

「それなら良かった。みょうじ、腹減ってないか?」
「?うん、すいてる」
「今出来上がったからさ。丁度良いタイミング」

うん?出来上がったってどういうことだろう。
頭にクエスチョンマークを何個か浮かべるも答えを教えてくれるつもりはないらしい。どうぞ、と鞄を持ってくれる衛宮くんの好意に甘えて扉をくぐった。

◇ ◇ ◇

珍しく、衛宮くんの他に誰もいないみたいだ。居間に座らされて、1分ほど待っているうちに目の前に小さなマグカップ。甘い匂い、湯気が立ってるこれってまさか。

「ええと。ホットチョコレート?」
「ヨーロッパとかだとコレが主流かなって思ってさ。……その、みょうじこういうの好きそうだなって思って、それで」

気恥ずかしそうに視線を外す衛宮くんを見上げる。そういうとことか、ほんと狡いから。今日はバレンタインデーなのに衛宮くんがチョコを準備してるところとか、全然自信ありげじゃないところとか。

そんなこと言われたら、別に今日衛宮くんと約束してたわけじゃないのに、私のこと考えて作ってくれたってそう思ってしまう。自覚はないのかもしれないけど、そうやって私を期待させるのが上手いんだから。
しかし、こうして衛宮くんの家に来るの期待してた?なんて口に出すのは流石に憚られた。そこまで図々しい人間じゃないし自分にそんな自信持ってないし。

「みょうじ?気に入らなかったか?」
「ちが、びっくりしただけ。好きだよ、ありがとう。いただきます」
「お、おう」

早く、と目で急かされたからありがたくマグカップに口を付ける。外を歩いていて冷えた身体に染み入るチョコレート。すっごく美味しい。気がついたら「向こうで飲んだのより美味しい」なんて無意識のうちに感想を漏らしてしまっていて、嬉しそうな衛宮くんの声に好きだなって再確認させられた。

ああ、こんなの貰っちゃったらチョコレートあげるの気が引けてしまう。通学用鞄の中に入れたままの袋を思い浮かべて気が滅入る。

でも、ここで後回しにしたらこれをあげることを放棄しちゃいそうだ。だってせっかく作って来たんだし、バレンタインデー当日にあげなきゃ意味ないし。
ちょっと待って、と衛宮くんを静止させ鞄を開ける。ラッピングされたチョコレートを見つめて小さく息を吐いた。
いいや、衛宮くん私の料理がそんなに上手い方ではないって知ってるだろうから今更悩んだって仕方ない。女子としては屈辱的だけどやっぱり気持ちが大切だよね、美綴そう言ってたもんね。

「あの、衛宮くんこれ」
「え?」

思い切って差し出したチョコレート、何度か瞬きして困惑したような声を出した衛宮くんに向かってさらに言葉を重ねる。

「チョコ。衛宮くんみたいに上手に出来たとは言えないけど、一番上手に作れた分だから。ええと、その……」

こういう時なんて言えばいいんだろう。
言葉に詰まった一瞬の逡巡の後に、口を突いて出たのは学校ではなかなか言わない本音。

「大好きだよ。これからもよろしくお願いします」

なんだそれ、小さく零れた衛宮くんの声が耳に心地よい。だって、今日はバレンタインデーだから。少しだけ素直になったっていいでしょ。

「こちらこそよろしく、みょうじ」

そうやってさ、慣れないのにおずおずと頬に唇を寄せてくれるとこが堪らなく好きだよ。