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躊躇いは明後日に後回し




知らず識らず番外編

英国と日本を行ったり来たりしていたおかげであまり馴染みはなかったけれども、もうそろそろ重大イベントがあるということに気がついたのはその数日前。
そう。バレンタインである。ついでに、世界中のどの人間よりも憂鬱に思うバレンタインデーだという自信がある。

だって。バレンタインで私が乗り越えなくちゃいけない壁、ものっすごく多いのだから。

ひとつ。世間一般的にチョコを渡すのにライバルはつきもの(らしい)。
例えば、私の場合のライバルってのは間桐の妹さん、藤村先生(?)、一応遠坂とかそんなところだろうか。知らないだけで他にも女の子はいるかもしれないけれど、それは置いといて後で考えるとして。

ふたつ。私、実は、お菓子作りにはあまり慣れていない。
料理は出来ないこともないが、育った環境の性質上、食事にエネルギー補給以上の価値を見出していなかった時期が長く「毒がなければ食べられる」精神で今まで作ってきたから未だに味の保証はできない。以前住んでいたロンドン郊外のとある街、そこの食事する店(今となっては断じてレストランとは呼びたくない)だってどちらかといえばティータイムの方に力を入れていたのだから、料理は栄養摂取・ティータイムは味を楽しむものだと勝手に思っていた。それゆえ、お菓子類と紅茶の味にはちょいとばかし煩い。こういうめんどくさいところイギリス精神が染み付いてるなーと自分でも思う。
日本に度々来るようになって「日本人が抱くイギリス人の典型」のイメージそのまんまだなと自覚して思わず笑ってしまったなんていう変な話である。閑話休題。

そんな私が一人でお菓子作りをするのはリスキーだってのは考えなくたって当然のこと。努力しても出来ないとまでは言わないし、練習したら平均的な味は作れるだろうけど、時間がないのだからトライアンドエラーの繰り返しで菓子作りスキルを向上させるような暇なんてない。その上、私のあげる相手って料理のエキスパートの衛宮くん。(恐らく、一般的に想定されるだろう普通とはちょっと違う意味で)気を使う相手なのは日本式バレンタイン初心者の私でもひしひしと感じる。半端なものをあげるのは気がひける。折角あげるんだもん、美味しいと思ってもらえる方が良いに決まってる。でも現実的に考えて一人じゃできっこないし、手っ取り早いからと言って張本人の衛宮くんに教えてもらうわけにはいかないし。だから誰かに手伝って貰おう、そこまでは良かった。

じゃあ、一体誰にヘルプを求めればいいんだろう?

これがみっつめである。
自慢にもならないが、私の交友関係って必要以上に狭い。頻繁に話す女の子の筆頭は言うまでもなく遠坂。たまに会話を交わす氷室さん、と極々稀に蒔寺さん三枝さん……位だろうか。
うう、考えてて悲しくなってきた。この中の誰かに頼もうにもハードルが高いことこの上ない。第一世間話のひとつもした覚えがないような間柄なのに。
一番現実的なのは遠坂なのだけれど、衛宮くんにあげるチョコを彼女の前で作るのは知り合いも知り合い、関係も薄々勘付かれているだけに気恥ずかしい。
困った。このままじゃバレンタインを迎えられない。机に突っ伏してうんうん唸っているところで、

「みょうじ、珍しいね。頭抱えてるなんて」
「美綴?」

あ。適役見つけた。

◇ ◇ ◇

こういう時の一人暮らし。美綴を自宅に招いてチョコレートを使ったお菓子を教えてもらうことにした。因みにこの家に人を呼んだのは遠坂以外では美綴が初めてだったりする。

「いやー、まさか深窓の令嬢と名高いみょうじからチョコ作り指南を頼まれるとは思わなかった」
「あの、その変な渾名つけたの誰?」
「さぁね。知らぬは本人ばかり、とはよく言ったものだ。結構噂になってるよ、あんた」
「いやいや。それ、喜ぶところなの?」
「そりゃあこっちとしては喜ぶところじゃない?そうやって男共が勝手に期待して裏切られたりすると尚良いね」

あんたが誰にチョコをあげるのかは知らないけど。そう茶化して、エプロンを付けつつニヤニヤ笑う美綴はとても機嫌が良さそうだ。

「あの、美綴は私に何を求めてるかな。そんな手玉に取れるような器量もなにもないよ。何よりそういうのは遠坂の得意分野。期待を持たせる間も無く一刀両断、って」
「遠坂のアレはアレで問題だとは思うけど。プライドをぽっきり折られるでしょう、主に慎二とか」
「それはとても納得。すぐイメージ湧くよそれ」

噂ではその間桐慎二、遠坂にさっぱりきっぱり振られたとかなんとか。哀れというか当然というか……コメントし辛いったら。

「遠坂は知っての通り猫被りだけど、あたしたちの前じゃ多少は素を出すわけじゃない?でもみょうじはそういうプライベートを巧妙に隠してたでしょ、誰に対しても」
「隠してたってそんな言われてもね、」

プライベート、ねえ。必要以上に関わらなかっただけで隠してたり避けてたわけじゃ。

「あたしだって良く知らなかったし、みょうじのこと。遠坂みたいにうっかりしてないしさ」
「それ本人が聞いたらキレちゃう。正論ってか事実なだけに」
「勿論ここだけの話よ」
「そりゃそうか」

顔を真っ赤にして拳を握る遠坂の顔が眼に浮かぶ。いつもクールというか優等生というか、良い子ぶってるのにそういう感情がカッとなった時に顔にでるのが可愛いところでもあるわけで。

「ま、ベタだけど、たまにはこんな事するのもありってことよ。あたしはみょうじの意外な一面を知った、そっちはチョコ作りがちゃんと出来る。良いじゃないそれで」
「ギブアンドテイク?」
「そ。大体そんな感じ」

からりと笑う、そんなところが誰より親しみやすい。美綴のこういうところがとても良いから、私は彼女と遠坂にだけは最初から懐いてたのかもね。