×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


感情任せのアイラブユー




毎週、午後この時間はこのラウンジでコーヒーやら紅茶やらジュース片手に話し込むのがオレとなまえの暗黙の了解ってやつ。どっちも次が空きコマで、その次の講義までの時間潰し。時と場合により片方がレポートするためにパソコン持って来たり、昼飯を食べ損ねたとかで弁当やパンを食ったりとやることは変わるが、この時間この場所で落ち合うのが習慣だった。

なまえまだ来ねえかな、来る途中に知り合いからあいつの好きそうなスナック菓子貰ったから一緒に食おうと思ってたのに。遅いとオレがひとりで食っちまうぞ。炭酸ジュースを一口口に含み、カバンから取り出した音楽プレーヤーにヘッドホンを付ける。あ、このヘッドホンなまえに借りっぱなしだった。これアイツのお気に入りだって言ってたし、流石にそろそろ返さねえと怒られるかな。まあいいや、今日来たら返そう。
暇潰しに音楽でも聞こうと思ったところで、

「……あれ」

なんか聞き覚えのある声が聞こえたような気がした。反射的に振り返る。
ちょっと離れた先に他の女子と二人で話し込んでいるの、もしかしてなまえ?
距離にして数メートル。この時間はあまりこの場所に学生はいないから、静かにしてたら会話は耳に届いて来る。

「大学の何が良いかって、バレンタインに頭悩ませる必要がない所だと思う」
「もう女子捨ててるよねなまえ、ロマンなんじゃないのバレンタインデーって」
「ちがう、あげる相手がいないとかそう言う話じゃないって。色々煩わしい義理とかそういうのから解放されているって、そういうだけの話」

「ふーん。じゃあその口振りだと、あんた今年チョコあげたいやついるんだ」
「……たまにはちょっと策略に乗ってあげよっかなって」
「日本の菓子メーカーの策略に、ってか?」
「そ。美味しいものあげて損はないから」

「へえ。で、誰にあげるの?」

よくぞ聞いてくれた、なまえの友人であろう女子学生に心の中で拍手喝采。
だってオレ、なまえとそんな話したことねえし。今知ってんのはなまえに今現在彼氏がいないことくらいだし。

「なーいしょ。どうせ聞いても楽しくないだろうから言わない」
「何それ、こっちは楽しいし」
「だって私は楽しくない、めんどくさくなる」
「ケチ」
「ケチで結構」

全部聞く気は無かったけれど声をかけるタイミングを見失ってしまい、うっかり最後まで盗み聞きしてしまった。困ったというよりどちらかというと頭にこびりついて離れないアイツの言葉。オレ以外の誰かにチョコレートを手渡すなまえの姿をありありと想像してしまって頭を抱える。

そうだよな、バレンタインだしあげる相手の1人や2人いるよな。そんなに交友関係を知っているわけではないけれども、男友達だって普通にいるだろうし。仲のいいやつとかいたらチョコあげたりするんだろう、多分。あの言い方だと本命、というかガチの告白とかそう言う感じではないと言うことは想像つくけど。

「いや、オレだって義理だったら欲しくなんか……」

何て、そんなの本気で言える筈もなかった。

今まで一度もなまえからチョコレートとか貰ったことなんてないのに、そうやって事前に予防線を張ろうとしている自分は酷く惨めだ。
出会って仲良くなって初めて迎えるバレンタインデー。会ったら暫く話すし趣味だって合う、たまに2人で出かけたりする女の子からのチョコ、貰いたくないなんて思う奴はこの世にいるわけない。そんなの、喉から手が出るほど欲しいに決まってる。
だってさ。「義理だったらいらねえから」そんなこと言っていられる余裕なんてこれっぽっちもない。「幼馴染」「恋人」そんな第3者に対抗できるような肩書きがあるわけでもなく、良くも悪くも「友人」の枠から出ることはないのが今の現状だというのは、今痛いほど思い知っている。

「平助?おーい、平ちゃん。頭抱えて何やってんの」
「なまえ!?いや何でもねえから。別にオレ悩んでなんかねーし!」
「そ?」

素っ気ない口振りでも、こっちを覗き込んでくる真っ直ぐな瞳に全てを見透かされているような感覚に陥る。
こうやって深く突っ込んで聞いてこないくせに、話し始めたらちゃんと親身になって聞いてくれる、誰よりもオレのことを肯定してくれる、そんなところが好きだ。

だからだよ。だからオレは他の誰でもなくてなまえからのチョコが欲しい。
たった一言、それを伝えればいい筈なのに。

それを胸の中で燻らせるだけのオレって情けねえな。はあ、大きな溜息をついて頬杖をつく。

「ま、いーや。はいこれ」
「へ?」

いつものように向かい側に座ったなまえから、何でもないことのように手渡された手のひらサイズの箱。なんだこれ。ぽかんと呆気にとられて、暫く差し出された意味がわからなくて箱となまえの顔を二、三度見比べた。「どしたの要らないの?」と小さく首を傾げられて慌てて手に取る。
もしかしてこれって、さっきのチョコとかそういうやつ?

「えっと、え、あ……これ」
「チョコ。ちょっと……まあフライング気味だけど勘弁して。当日渡すのもありだけど、全休だから平助に会わないし。呼び出したらそれこそ見え見えで恥ずかしいから。やだった?」

嫌なわけない、今まさにそのこと考えてたのに。バレンタイン当日とかフライングとかそんなのどうだって良い。
半ば諦めかけていたものがいきなり転がり込んで来て、こんなの嬉しくないわけがない。

「んなわけねーし!……オレが一番欲しかったのはお前からのだから。すっげえ嬉しい、ありがとな」
「う、ん。そんなに喜んでくれたなら渡し甲斐があるよ」

はー、柄にもなく緊張した。そうやって胸を撫で下ろす姿は滅多に見ることもなくて新鮮だ。

「今年作ったのそれだけだからさ、大事に食べて」
「当たり前だろ、なまえの作る菓子すげえ美味いから一気に食っちまうの勿体ねえもん、な……」

今、聞き逃せないこと言った気がして頭ん中が一瞬フリーズする。今年作ったのコレだけって、オレだけにチョコ渡したってそういう意味に捉えて良いの?そのまんま解釈したら、オレにだけ作りたいって思って、だからそれでこのチョコをくれたって事だよな。

だったらオレ、少しだけ自惚れちまうけど良い?

「なあなまえ、14日って空いてる?」
「え?うん、バイト入れてないし。どした?」
「じゃあ出かけようぜ。これのお返しってことで。お前と一緒に行きたいとこあってさ」

早くない?そう言って笑うなまえをどうにか独り占めしたくなった。
だってこんなにも一緒にいて居心地の良い女の子を誰かに譲るなんて考えられねえし。例えばお気に入りのヘッドホンを貸してくれる関係とか、自然体で二人で出かけられる関係だとかを越えて、誰にも負けないようななまえに一番近い場所を独占する肩書きが欲しいからさ。

「いーよ。平助とどっか行くのいちばん楽しいし。どこ行くの?」

躊躇いもなく約束を承諾してくれる、この関係だって心地良いけど。そうやって「いちばん楽しい」だとか狡い台詞で男心をくすぐるなまえをもっともっと困らせてみたくて。

「それは当日までの秘密な。折角のデートなんだし!」
「りょーかい、……へ?」

きょとん、一瞬遅れて視線を彷徨わせた彼女を見て優越感に浸る。

14日に誘うって意味、伝わってないなんて言わせねーし。その日は絶対わからせてやっから覚悟しとけよ?