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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
覚えたて笑顔





酔いが回り始めたのか永倉さんも原田さんも上機嫌になり普段より口が回り出した。片方は美人な女の子にでれでれしてカモにされつつあるし、もう一方は何度聞かされたかわからない昔話とともに腹芸を披露している。ここには紛うことなき酔っ払いしかいない。

嗚呼、平和だな。昼間とは違って。

私はというと辛口の清酒を一気に流し込むわけでもなく妙な気分で隅に座っていた。舌の上でいくら転がしても辛すぎてお酒は進みやしないし(個人の味の好みの問題だ)、二人のように元気に騒げるほどの体力も残っていない(何たってこちらは任務帰りである)。見てるぶんには愉快だが、今日の私では同じようにはできやしない。ちびちびとお猪口に口を付けつつ遠い目でどんちゃん騒ぎを眺めていると、小柄な身体がすぐ横にやって来た。

「あれ、青葉は呑まねえのか」

不用意に視界に入り込んで来たのは他の幹部たちとは違って幼さの残る顔、頬を掠める長い髪。思いの外その距離が近くてどきりと心臓が飛び上がる。

ぴくりと僅かに動いた腕、溢れた液体が一雫ゆっくり掌を伝って落ちた。勿体ねえ、目の前の口から溢れた言葉も弾けて消えた。
何をいけしゃあしゃあと、誰の所為だ全く。いつもの如く切り返した私の反論を聞いているのかいないのか、平助は人のお猪口を横取りして口を付けて飲み干していた。

「横取りしないでよ、呑むって。でもこれは辛口だからちょっとずつ」
「相変わらず子供舌だよなぁ。喉がきゅーっとなるから美味いんだぜ」

そうして一気に呷る姿を無言で見つめる。よくもまあ、辛い酒を喉に流し込めるものだ。

別にいいだろ、好みなんて人の勝手だって。そう思ってても口から出ていかないのは酔いが緩く身体を回って来たからなのか、そうやって嫌なことを全部置き去りにして笑う平助に絆されたのか。

「……うん」
「青葉?」

私と平助、もし違う出会い方をしていたのならどうなっていたのだろう。例えば、この浪士組の同志じゃなくて、私がただの武家の娘として生きていたのだったら。こうして言葉を交わすことも憎まれ口なんか叩いて笑うことも、そして同じ釜の飯を食べることだってなかったのだろうか。

「どっか身体でも痛えのか?」

こうやって顔突き合わせて話すことも、きっと。

「すげえ渋い顔してる」
「へーき、何でもないよ」

なんだなんだ、今日は馬鹿みたいに卑屈になってる。平助にまで心配されるなんてまだまだだな。
自覚はないけどそこそこ酔っているのだろうか。悪酔いしたことなかったんだけどな。いつもだったらこんな弱気なこと考えたりしないのに、隣のあたたかさが消えてしまうことがどうしようもなく寂しい。
どこにも行かないでよ、そんな台詞で相手を拘束できるほど私たちの関係は優しくなんかない。対外的には男となってる私が今そんなこと言ったら、それこそ怪しまれるに違いない。本格的に力尽くで確認されたら堪ったもんじゃない、これまでの努力が水の泡だ。

「今日原田さんか永倉さんの奢りなんでしょ」
「え、あ、そうだけど」
「呑むから。お猪口返して」

ひったくるようにしてお猪口を取り返し、無言でそれを差し出せば眉を下げてお酌してくれた。

何も言わなくてもわかってくれるとこが好きだよ。……言わないけど。


◇ ◇ ◇


ぎゅう、と私の着物を握りしめて眠りこけていたらしい平助が寝返りを打ったことによって目が覚めた。暫くは自体が把握できず、自分の身体の上に半分乗っかっている平助を退けることすらせずに硬直していた。
私は布団か枕か。重たい手足を投げるようにして退かせ、

「少しだけって言ったんだけどなぁ……」

誰にともなく言い訳し、ぼんやりとした意識の中軽く身体を起こした。呑み過ぎてしまっただろうか。再び襲い来る眠気を飛ばすように頭を振り、からからに乾いた身体のため水分を摂取しようと近くにあったお猪口を手に取る。冷え切ったそれをぐいっと一気に飲み干して、
ーーーあ、まずったこれ酒だ。何また呑んでんだ全く。

ぐわんぐわんと痛む頭を抱え、静かな室内を見渡す。ええっと、確か島原ではそんなに無理しなかったはずだ。少し呑んだ後屯所に帰ってきて、原田さんに永倉さんを押し付けて私は平助を部屋に連れて帰って。それでも私は呑み足りなくて、

「〜〜〜〜っ、あたまいた、おなかきもちわる……」

思い出した。
丁度起きた平助誘って、ここにこの前手に入れた秘蔵の酒を持ってきて呑み倒したんだった。私のお気に入りのやつ。勿体ないことに味なんてこれっぽっちも覚えちゃいない。折角手に入れたのに、なんて事したんだ。
寝てるにも関わらずぐいぐいと遠慮なしに力を込められる平助の手、その中にある私の着物は皺くちゃだ。暫く着替えられないな。
寝っ転がったままの平助に合わせるように横になり、あどけない寝顔を暫し見つめる。髪長いなあ、指通りも良いし女の子かちくしょう羨ましい。

「青葉」
「っ、……へいすけ」

吃驚した。
不意に発せられた声、滅多にない機会だと平助の髪を梳いていた手が無意識に止まる。今起こしちゃったのか、はたまた起きていたけどじっとしていたのか。どっちだ、頭働いてなさそうだから寝起きか。

「おはよ」
「ん」

起きてんだろうか、まだ意識がはっきりしてないみたいに見える。いつの間にやら平助の手が私の髪の毛に伸びていて、子供を寝かしつけるみたいに撫でてくるから擽ったくて身動ぎする。
緩く瞼を開けて見つめてくる、その瞳に私はどう映ってるんだろう。

「おかえり。……お前が無事で良かったよ」

やはり寝惚けてるみたいだ。私の姿を誰かに重ね合わせているのか、それとも昨日任務から帰ってきたことを言ってくれているのか。後者だといいなあ、そうひとりごちて平助の着物に指をかける。

「た、だいま」

思ったよりも声が震えちゃって情けない。

当たり前だよ、今いちばんに帰ってきたい場所は君の側なんだから。そう言えたらどんなに良いだろう。

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