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見透かす壁



「おお、お前どうしたの?見ない子だね、飼い猫か」

いつものようにいつもの如く縁側でのんびりしていると、庭にちょこんと座った黒猫と目があった。

おいで、と小さく声をかければ少しだけ警戒していたけれどもすぐ膝に乗ってきた。あんまり目つきが良くないな、この猫。お世辞にも愛らしい顔とは言えないが、人懐っこいところとかから考えるに誰かに可愛がられている猫に違いない。

「その猫、としぞうって言うんだよ」

近所の子供に預かってって頼まれてるんだよね、そう言って背中側に立っているのは誰よりも悪戯好きなあいつ。もう振り返るまでもない。ニヤニヤ笑いを浮かべているだろう沖田くんが手を伸ばして黒猫の首元を掴み持ち上げた。子供の相手もだけど、動物の扱いも慣れてるとか見た目と性格からは考えられないな。

「……沖田くん、巫山戯んのも大概にしなよ」
「巫山戯てなんかいないよ」
「へーえ。お前、本当にとしぞうって名前なの?」

てっきり冗談かと思っていたが、この表情は本当の事を言っている時のものに似ている。自分の顔の前あたりでぶらぶらと尻尾を揺らしてる、沖田くんに捕まったままの猫に声をかけてみた。
にゃあ、としぞうは一声鳴きごろごろと喉を鳴らす。これは言うまでもなく私の問いかけに肯定してるんだろう。すごいな、私や沖田くんの言ってることがわかってるみたいだ。喉をくすぐってやると気持ちよさそうに目を細める。暴れることもなく大人しいし、ここでの暮らしに慣れてるとみた。

「わ。お利口で素直だね、としぞう」
「としぞうがすぐ懐くなんて珍しいね、いつもは人見知りするんだけど」
「お前は副長のくせに人見知りか。その上こんなに甘えてくるなんてなー」
「少し前に子供が生まれたみたいだよ。ほんと手を出すの早いよね。ね、としぞう」
「……沖田くんは副長に恨みでもあんの?」

さすがにここまでくると副長に同情する。こんな話を他の隊士に聞かれたら誤解されないだろうか。
沖田くんは寧ろ誰かに誤解させたいから言ってるだろうことは想像に難くないけれども。それか本人に聞かせて嫌がらせるとかいう目的か。どっちにしろ碌なもんじゃない。

今頃自室で書類とにらめっこしているであろう副長を内心憐れみつつ、沖田くんからとしぞうを預かる。膝の上で丸くなって尻尾をゆっくり振る様子、可愛い。いつまでも見ていられそうだ。

「お、総司に井端か。珍しいな、お前らふたりが揃ってるって。平助はどうしたんだ?」
「いや、あのさ永倉さん。別に、平助がいつどこで何してるかなんて把握してないよ」

稽古終わりだろうか、汗を拭いながら永倉さんがやってきた。ここは風通しもよく比較的涼しいから、火照った身体を冷やしに来たのかもしれない。京の夏はあっついからな。今だって冷水を頭から被りたい気分だ。

「君の側にはいつも平助が居るのに今日は一緒じゃないから、喧嘩してるのかと思って慰めてたつもりなんだけど」
「沖田くん、それは流石に嘘だってすぐわかるって。仮に喧嘩だったとして慰めてくれるとは思えないから」

最近色々な人たちから会う度に「あれ、平助は居ねえのか」みたいなことを聞かれるようになった。原田さんにも言われたし、この前は近藤さんにも言われた。……そんなに年がら年中一緒に居るだろうか。確かに話しやすいし居心地は良いけれど、傍目からそう思われてるって知ったら何とも言えない気持ちになる。

「お、としぞうじゃねえか」
「え?永倉さんまで知ってんの」

なんだ、としぞうも結構顔が広いな。私より仲良くしている人多いんじゃないか。
そんでもって、永倉さんだけでなく斎藤くんもこの黒猫と仲良しで「副長」と呼んでいるらしい。真剣な顔で黒猫と相対して真面目にああだこうだと世話を焼く斎藤くん……なんでだろう、何故か容易に想像出来てしまったから複雑な気分だ。

「怪我はそろそろ完治しそうだよ。相変わらず夕飯のおかずを盗んだりしてるみたい」
「そうか、良かったなとしぞう!そういえば、最近は暑いからか布団に入り込んで来なくなったなぁ」
「ええ……」

そんなに悠々自適な生活してるのか、としぞう。夕飯は当番の人間に貰っているかもしれないし私だったら少し多めにあげてしまいそうだが、永倉さんをはじめとした隊士たちの布団に潜り込むとかそんなことしていたのか。潜り込む布団間違えているんじゃないのかと思うがそれは言うだけ無駄なんだろう。

「あ、あの子猫。あれ子供だよ」
「え、そうなのか!?」
「おーい、としぞうの子供。父上はこっちだよー」

つい今しがた敷地内に入り込んで来た猫を指差し、沖田くんが少し大きな声で子猫に呼びかける。親と同じで警戒心が強いのか、ぴたりと止まってこちらを見て子猫は様子を伺っていた。

「警戒心強いな……ん?」

いや、警戒されてるのは私たちじゃなくて恐らく別の人間だ。ドタドタドタ、思わず身構えてしまうくらいに派手な足音がこちらに向かってくる。膝の上のとしぞうも瞑っていた目を見開いて廊下を凝視していた。
曲がり角の向こうからやってきたのは、この場で何度も何度も名前を呼んでいた鬼と名高い上司。

「あ、副長……」
「総司!てめえなんつーこと大声で言いやがる!その名前使うなって言っただろうが、ったく……」
「どうしたんですか土方さん、血相変えて。そんなに苛々していたら胃に穴が空きますよ」
「てめっ……全部お前のせいだろうが!」

血管が切れてしまいそうだが大丈夫だろうか。沖田くんじゃないけど、思わず健康を心配してしまうほどの怒号だった。
毎度毎度懲りないな沖田くんも。そしていつもいつも大変だな、副長も。巻き込まれないように永倉さんを盾にして距離を取る。
私が腰をあげると同時に、ぴょんと小さく飛び上がったとしぞうが子供を連れて一目散に逃げていく。

「あ、としぞうも小さいとしぞうも行っちゃった」
「仕方ねえよ。あんなデカい声聞いたらビビっちまうだろうし」
「井端、てめえまでその名前で呼んでんのかよ……」
「え。だって名前は大事じゃないですか」

鋭い視線が私を射抜き、思わず永倉さんの背中に隠れる。はあ、腹の底から出したような大きな溜息は土方さんのものだろう。同情しないこともないが、私にまで文句を言うのは筋違いってやつだ。言うべき相手は名付け親の沖田くんであって断じて私や永倉さんではない。

「あ、土方さん。さっき井端くんが『副長には利口さと素直さが足りない』とか言ってましたよ」
「え」

げ。嵌めやがったな沖田くん。

◇ ◇ ◇

無意識のうちにやって来ていたのは平助の部屋。一声かける余裕もなく思いっきり襖を開けて中に入り込み、それを即座に締めて部屋の隅に縮こまる。「青葉?」とかけられた声に応える元気もなく、大きく肩を上下させて息を整えることに集中した。ほとぼりが冷めるまでここに居よう。
珍しく部屋に籠っていると思ったら。平助のやつ、山南さんから頼まれた事を片付けた後、自分の着物の袖のところに穴が開いているのを見つけてどうしたものかと頭を悩ませていたらしい。まあ、浪士組は給金も碌に出ないし新しいのを買うのは勿体ないしな。
よし、逃げ場にしてしまった埋め合わせに後から繕ってあげよう。

「あー、ひどい目にあった」
「青葉どうしたんだよ。すっげえ疲れてっけど」
「副長がとしぞうって呼ぶのは嫌だって」
「は?」

だから逃げて来た。説明するつもりのない端的な言葉、今は話すんじゃなくてゆっくり足を休めたい。無駄に冷や汗かいたし。
「意味わかんねえんだけど」と眉を寄せて首を傾げた平助の背中に寄っ掛かって足を投げ出した。


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