×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
ぼやけた輪郭



「青葉ちゃん、来たよー」
「あ。いらっしゃいませー!」

ここ数日で常連になってくれたらしい近所の醤油屋の若旦那の声、お盆を片手に急いで駆けていく。
「わ。おにーさん、また来てくださったんですか?」ひょいと覗いてくる男に首を傾げるようにしながらにこりと愛想笑いを返した。こんなに頻繁に甘味屋に来るなんて変わっているが、まあ此方としては店も繁盛する上に都合が良いので願ったり叶ったりといったところ。

今日はどうしようか、とこちらをじろじろ見てくるこの男、噂によると毎日毎日島原で食事やら娯楽やらを楽しんでいるらしい。それに加えて甘味屋通いをするなど余程羽振りが良いみたいだ。……なんて、そんなお得意様に無粋なこと言わないけどさ。

「そんでな、青葉ちゃん。ここだけの話なんだが、今晩は島原で俺もご一緒させていただけることになってさ」
「わ、流石ですねぇおにーさん。どうしてそんな大事な時に私なんかのところに……」

意識して少しだけ甘くした話し方。くい、手を握られて引っ張られて前のめりになる。二、三歩身体が近づいて、耳元に口を寄せられて。

あ、これ落ちたな。心の中でほくそ笑んで。

「そりゃあ青葉ちゃんに会いたいからだよ」
「なぁ、姐ちゃんちょっといいか?」

がくっ、膝から力が抜けるかと思った。

ああもう、誰だ邪魔してきたやつ。わざとだったら許さないぞ、ここからが私の本領発揮だってのに。
何もなかったかのように「団子買いてえんだけど」と背中側から声を掛けられ、想定外の事態にぱちぱちと瞬きをする。この声、もしかしてもしかしなくっても平助か。ちらっと横目で見れば、軒下に佇んでいる見慣れた青年の姿。こんなところで油売ってるってことは今日非番なのだろうか。
これは本気で私に気が付いてないんだろう、ほんっとにこういう大事な話をしてる時に邪魔してくるとか全く、間が悪いにも程があるっての……。

「……ごめんなさいおにーさん、少しだけ待っててください?」
「大丈夫だよ青葉ちゃん、俺会えただけで嬉しかったから。また話聞いてくれ、な?」
「あ……はい」

囁くようにして謝るも、微妙な雰囲気に為すすべもなく。「またな」なんて呟いて手土産がわりにお団子をもって。お代を私の手に握らせて、苦笑いした若旦那が足早に帰っていった。

あーあ。相変わらず売り上げには貢献してくれてるけど今日の成果はこんだけかぁ。あともうちょいだったんだけどなぁ。若干肩を落として平助の元に足を向ける。
お盆を胸のあたりで思いっきり握りしめ、仕事用の笑顔を引っ込めて奴の顔を見上げた。

「あのさぁ……」
「?どうした姐ちゃん、オレの顔に何かついてる?」
「いや別に」

無駄に疲れた。ついでに可愛こぶっていた話し方もやめて普段の言葉遣いに切り替える。

いくら女の子の格好してるのを初めて見せるとはいえ、青葉ちゃん青葉ちゃんと近くでこんなにも名前を呼ばれてるし更に顔まで正面から見てるのに、どうして気が付かないのかなこの男は。こういうのに疎いとはちゃんと知ってたけど。

「一体こんなとこに何の用なのさ、平助」
「え。何でオレの名前知って……。どこかで顔合わせたことでもあったっけ?」
「はぁー……」
「え、ちょっ、何で溜息つくんだよ!?」

恨みがましく名前を呼んで睨み上げるも、すっとぼけられてしまったらお手上げだ。この鈍感、ついた悪態も本人まで届くことなく不完全燃焼。
ぐるぐると頭抱えて混乱している平助に答えを教えてあげる気にもならず。何の用だと問いかけて本業を全うしようとしたら、また別の人間が店に入って来た。

「どうした平助、この店で何をしている」
「こんにちは、斎藤くん」
「え、何だよ、二人とも知り合いなのか?」

何言ってんだ。知り合いも何も、浪士組で一緒にしのぎを削っている同僚である。

「副長からのご指示だ。井端、例の件は裏が取れたそうだ。今日にでも帰って来い」
「へ、本当?良かったありがと」

良くやったなとでもいうように斎藤くんに肩をポンと叩かれる。
やった。「井端は女顔だからこういったのには適任だろうが」とか言いやがった副長直々の任務は完了ってわけだ。女顔というか美人の顔の部類に入る副長サマが言うなっつー話である。女の格好して甘味屋に奉公に行って来いとかいう苦行は今日でおしまいだと思うと嬉しくてたまらない。正確に言うと大変だったのは甘味屋の娘として奉公することじゃなくて、さっきみたいな男に媚び売って情報収取することだったのだけど。

「え、井端って……青葉?」
「そうだよ。ここまで言ってもわかんなかったの?」

口をぱくぱくさせた顔、間抜けだよばーか。
え?え?と斎藤くんと私を交互に見て、揶揄っているのではないとわかったらしい。上から下までじろじろと無遠慮に観察された。何やってんだ、更に眉間に皺が寄る。

「こんな格好してたら女にしか見えねえし」
「はいはい」
「お前ほんっと可愛い顔してんだもんな」
「……あのさ。口説くんなら歩いてる女の子たちにしたら」
「い、いや別に口説いてるつもりなんかねえって!」

本当はここで鳩尾辺りに一発入れてやろうかと思うところだけれども黙っておく。多分、これは褒め言葉……いや、褒めているつもりなのだろうから。結果として全く褒めてはないんだけど。
女の子扱いしろとは言ってない、私の正体なんて君には伝えてないから。ついでに、女の子に見えるだなんてどの男に言っても褒め言葉にはならないだろうと声を大にして言いたいが、平助にそこまで求めるのは間違ってるんだろう。良くも悪くも素直なんだ、この人は。

「ばかじゃないの」

女の子の着物、飾らない声音、何も意識してない素の喋り方。ここまでやっても女じゃないのかって指摘が来ないのは、私の化ける腕が相当良いってことなんだろうなぁ。斎藤くんとか原田さんとか、出会ったその日に「お前には裏側で活躍してもらう」と言い切った土方さんくらいは疑ってるのかもしれないけれど。


- 1 -


[  ] | [次#]
[戻る]