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未知封ず




 大捕り物がひと段落し、療養がてらにいただいた暇。
 だからといってするべきことがあるわけでもなく、いつものようにいつものごとく屯所の隅に転がっていた。今日は良い天気である、昨晩は血の雨が降っていたのに相も変わらずお天道さんは呑気だよなあ。眠気に逆らうこともなく、全身で陽だまりの暖かさを感じながら目を閉じる。

 聞きなれた足音が二つ。私の私室から三つほど離れた先から近づいてきた。
 適度に気配を殺しているものと、いつも一生懸命に走り回っている小さなもの。

「あ、井端さん何をされてるんでしょうか」
「ん?ああ、縁側で寝るのが好きなんだとよ、あいつ」
「何だか、猫みたいですね」
「……ま、確かにそうかもな。気ままであまり人に慣れねえところとか」
「井端さん、凄く厳しい目をしている時がありますよね。たまに驚いてしまいます。いつもはあんなに親切にしてくださるのに」

ふっと脱力したように息を吐いたのは原田さんか。進む足を止めたのだろう、ぎしりと床板が軋む。

「ああ見えて、案外表情に出やすくて、思ってることがわかりやすいヤツだから、些細なことで喧嘩吹っ掛けられてるな」
「確かに、井端さんが嫌そうにあしらっているのを見かけたことがありますね」
「やろうと思えば叩きのめすこともできるんだろうが、そこは割り切ってんだろ。そういうところ、顔に似合わず大人だってことだろうな」

 それ、全部聞こえてるよって言った方が良かったのだろうか。千鶴ちゃんと原田さんが立ち去るまで、身体を起こすことができなかった。



 そのままうとうと微睡み始め、どれくらいの時間が経過しただろうか。近づいてくる聞きなれた足音に軽く瞼を上げる。
 どたどたと少し派手な足音の主は、廊下の角を曲がった後、縁側の方に方向転換して立ち止まった。あ、こりゃ平助だな。そいつは勢い良く駆け寄ってきた後、寝転がったままの私の肩に手をかけて思い切り揺さぶってきた。

「青葉。おい青葉っ、何こんな所で寝ちまってるんだよ」
「……ねむい。邪魔しないで。寝不足」

 くぁ、大きな欠伸をしたら平助は口を尖らせてもう一度肩を揺すってきた。再び、ぐらぐらと首が激しく前後に揺さぶられる。駄々っ子か。

「ばか、やめてって……」
「今日は一緒に呑み行くって約束してたじゃねえか」
「行くとは言ったけど昼間からとは言ってない。眠いの、昨晩大至急で書状こしらえてたんだって。知ってんでしょ」
「それは、知ってっけど……」

 昨日の捕り物で怪我したわけでもないが、徹夜の疲れはたまっているし。ここ数日多方面との調整に徹していたからたまにはのんびり息抜きしたい。三馬鹿じゃあるまいし、昼間っから酒が飲めるほど能天気でもない。こちとら副長に少しは信頼していただけるくらいには精一杯仕事に励んでいるんだ。全く。
 普段だったら平助の拗ねたような声に負けてしまいそうになるのだが、今日は流石に眠気の方が優っている。

「日が傾いたら付き合うから……寝かせて、本当疲れてんだって……」
「……」

 一応ちゃんと口は閉じているようだが、子どものようにあからさまに表情に出ている。思っていることが駄々洩れだ。ちゃんと見なくたってご機嫌斜めであることがわかる。
 そういう飾らない表情を見せてくれるのは正直嬉しい、けど、今日ばかりは譲るもんか。

「あ、平助、ここ座ってよ」
「なに?」
「で、背中こっち向けて」

 背中合わせの状態で思い切り向こうに自重をかけると、小さく平助の肩が跳ねた。
 躊躇なく触れてくるくせに、こっちが近付くと狼狽するとか。傷つくぞ、それ。

「っと……。お前なあ、オレは壁か枕かよ」

 仕方がないから、必死こいて平静を装っていることが丸分かりであることは黙っててあげるよ。

「平助の背中、落ち着くから。良いでしょ、寝転がってるのにも気力使うんだって」
「なんだよそれ」

 男所帯で、縁側なんて開放的なところで、気を抜いて寝てられるかってんだ。でも、下手に部屋に引っ込んであらぬ詮議や詮索をされるのは不本意である。それなら、誰かの傍に居るほうが安全安心ってもんである。

 だって、もう、どうしようもない。脳裏をちらつくのは平助や山崎と顔を突き合わせて話したあの夜。下手糞極まりない態度で私を慮ってくれた顔が、忘れられない。

 どうせわかってんなら、なかったことにしてくれているのなら、これくらい甘えたって良いでしょ。誰よりいちばん信頼しているってことだからわかるでしょ。

「あのさ」
「うん」

 それで、こういうことは言葉にしなくちゃこの男に伝わらないのも知っている。

「平助はさー、こうやって付き合ってくれるから。……そういうとこが好きだよ」

「―――オレ、」
「うん」

 背中の温もりから、息をのんだ気配がした。少しは察してくれたかこのお子様め。
 いつもよりも深刻に、たっぷりの間をおいて紡がれた言葉は、

「青葉が普通の女だったら、今ここで惚れてたと思う」
「……そりゃどうも。平助はちょろいな、それじゃ町の女の子に騙されるぞー」
「煩えなあ、余計なお世話だっての……」

 はあ、もう。伝わってんだか伝わっていないんだか。口を開くのは諦めて、もう一回凭れ掛って目を閉じる。

 小さく聞こえた弱音に、心底泣きたくなった。

「ったく、本当青葉には敵わねえよなあ……」

 敵わないのはこっちだばかやろう。
 結局二人で寝過ごして、屯所の安酒を喉に流し込むことになったのはいつものことである。


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