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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
霜枯花の矜持



朝っぱらから屯所の中が騒々しい。正確には夜分からずっと空気が騒がしい。おかげでぐっすり寝れやしなかった。こちとら夜更けまで書類と睨めっこして、頭使って疲れ果ててんのに全く。
どうせ今日も忙しいんだろうしもう起きることにしよう。徐々に覚醒しつつある意識を完全に覚ますため、取り敢えず顔でも洗おうと薄暗い中を歩いて井戸に向かった。

「井端、話がある」
「……」

ばしゃん、適当に水をぶっかけたから袂が濡れてしまった。バカやったなほんと。
そういえば、同時に名前呼ばれていたような気がする。顔から滴り落ちる井戸水をそのままに、首をかしげてみる。こんな朝から私に声掛ける奴とかいるのか。朝とか言いつつもまだ夜明け前だ。早急な用事なら大概山崎あたりが持ってくるだろうが、そんなの聞き逃すはずがない。

「だから話があるっつってんだろうが」
「あだっ!」

気のせいだ、きっと。そう判断し欠伸を噛み殺しながら井戸で顔を洗おうとすると、後ろからまだ結ってない髪を引っ張られた。それも思い切りである。首が外れるんじゃないかと危機を覚えるくらいに後ろに反って、転んでしまう手前でどうにか踏ん張った。

「いっつ……」
「……」

振り返れば眉間の皴がとんでもないことになっている土方副長だった。水音で名前呼ばれたことに気が付かなかっただけなのに、相当機嫌が悪そうである。理不尽だ。
昨日の夜、大捕り物並に屯所が騒がしかったから侵入者でもあったのか巡察組が厄介ごとを持ち込んだのかのどちらかに違いない。副長が徹夜をしなければならない事態が起きたであろうことは確かだ。なんてことをしてくれたんだ。昨日の巡察は沖田くんと斎藤くんが担当していたはずである。許さん。
縁側に引っ張られて座らされて、隣に胡坐をかいた土方副長の顔は渋いままだ。小声で事情を掻い摘んで話される。

「女の子?」
「ああ、少々訳ありでな。暫く男の格好させて面倒見ることになったんだが……」

訳ありってなんじゃそりゃ。流石に口を挟むのは憚られたので視線で説明を求めてみたが綺麗になかったことにされた。
もう諦めよう、火に油を注ぐことになる。まだ首の骨折られたくない。

「井端、お前が見張ってくれ」
「承知しました……が、良いんですか。そんな子を匿うとなると、幹部隊士が付いている方が有事の時に安心出来るのでは?」
「心配せずとも平助が付く予定だ。強面の奴らが付いているより、平助やお前の方が気も休まるってもんだろ」
「はあ」

何故ひっ捕らえた女の子を気遣う必要があるのか。全くよくわからないが只ならぬ事態のような感じが伺える。必要以上に首を突っ込まないようにしよう。もう手遅れかもしれないが。



千鶴ちゃんの処遇は現状維持らしい。女の子に対して殺生な仕打ちをする羽目にならず何よりだ。
そういえば雪村って名字に聞き覚えがあった。たしかこの前失踪したとかいう剃髪の医者もそんな名前じゃなかったか。もしや血縁者か遠縁の者か、きっと「現状維持」なんて中途半端な処遇に行きついたのもそのせいだろう。精々沖田くんや原田さんを追っかけてきた女の子かと思っていたけど、中々に複雑な事情みたいだ。
件の彼女、雪村千鶴ちゃんが軟禁されているという部屋の前に行ってみると、ひょっこりと丸窓から顔を出した女の子と目があった。あ、可愛い。何をしているんだろ。

「こんにちは」

その彼女は私を見た途端に表情を輝かせ、礼儀正しく問いかけてきた。

「え、あ、こんにちは……あの、あなたも隊士の方なんですか?」
「うん、勿論。はじめまして千鶴ちゃん。どうぞよろしく」

拍子抜けしたという風な千鶴ちゃんの顔から察するに、きっと私を小間使いか何かの人間だと思ったんだろう。
と、そこにいつもの三馬鹿がやってきた。野次馬根性の強い彼らのことだ、恐らく千鶴ちゃんに構いに来たのだろう。

「よう、千鶴ちゃん!お、井端も来ていたのか」
「なに、早速千鶴ちゃんを口説きに来たわけ?」
「バッカ、そんなことするかよ!井端こそ千鶴ちゃんにもう手を出そうとか」
「あのさあ、永倉さんじゃあるまいし、そんなことするわけないって」

失礼極まりない言いがかりにはきちんと反論しておいて、楽しそうに話している千鶴ちゃんと平助に目を向けた。
あ、結構仲良いんだ、このふたり。そりゃそうだよね、年代近いし気が合いそうだし。

「え、ええと。ねえ平助くん。あの人は井端、さん?」
「そっか。千鶴はまだ知らねえんだっけ。こいつは井端青葉。ちっこくて華奢で女みてえな顔だから良く間違えられっけど、ちゃんとした隊士なんだぜ」

ちっこいは余計だばかやろう。しかしまあ、「井端さん、よろしくお願いします」なんていう千鶴ちゃんの丁寧な挨拶に毒気を抜かれた。
礼儀正しいとはこのことだ。隊士連中も見習ってほしいものである。
返すようにぺこりと会釈する。本当にどうして、こんな無害そうな愛らしい女の子を連れてきて捕らえていたんだ副長たちは。

「こんな可愛い顔して腕っ節も立つなんて卑怯だよなー。島原に行っても左之や井端ばっか女にもてるしよ。この女誑しめ」
「出会ったばかりの女の子に言うことがそれ?永倉さんはそういうとこわかってない」

余計なことを口走る永倉さんをひと睨み。この人は黙ってれば良いのに、正直にペラペラ話すもんだから損してる。勿体無いったら。
「おいおい、手負いの獣みたいになってるぞ」と宥めるような原田さんの声に口を尖らせた。別に私の所為じゃないし。女の子を誑かしているとかいう嘘をさも真実かのように騙った永倉さんの所為だし。

「でも、千鶴も俺たちより井端の方が話しやすいだろうよ。こいつは新八や平助より女心ってもんをわかっているからな」
「左之、お前そりゃどういう意味だ……?」
「俺は正直者だからな。そのままの意味だぜ」
「なんだと!?」

いつものように言い合いを始めた原田さんと永倉さんの飾らない様子を見て、千鶴ちゃんが僅かに笑みを零した。

「ふふっ」
「まあ実際、気は休まらないだろうけど。何かあれば教えてね。あの鬼副長に掛け合ってみるからさ」
「は、はい!」

貴重な女同士だからさ、そんな本音は胸の中にしまっておく。
少しだけ力の抜けた千鶴ちゃんの顔に、昔の自分の境遇をみた気がした。どうにも放っておけないから、あんまり頼りにならないかもだけど、私も出来る範囲で頑張ることにする。

「オレ、青葉が女に声掛けられる理由がわかった気がする……」
「良かったな平助、少しは女の気持ちを理解できて。身近に良い手本が居るってことがやっとわかったか」
「左之さんに言われると何か信憑性が増すっていうか……」

そこ二人、話していることが丸聞こえだって。何故か真面目に言っているような平助はともかく、原田さんはこっちに聞かせまいともしていないが。

「ま、まあ、井端は女に優しいし、それなりに腕も立つし……」
「永倉さん?それなりって何、それなりって」

ほら、またこういうこと言う。負け惜しみなんてかっこ悪いぞ。
べえっと舌を出した私に噛みつかんばかりの永倉さんを押さえている平助、それを遠巻きに見ていた千鶴ちゃんが小さく噴き出した。


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