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君をも凌ぐ



今日は昼から待機だと仰せつかった。最近働き詰めだったから副長が配慮をしてくれていたのかもしれない。他人に配慮するのも良いが、自分の体にも目を向けないといけないのではなかろうか、あの鬼副長は。目の下の隈が日に日に濃くなっていっているような気がする。このところ頭を抱えている様子を何度か目にしているから心労のためか。ご苦労なことである。
折角の自由なひと時だ、たまにはのんびり街中でもぶらつこうか、ついでに行きたいところもあるし。そう決めて廊下を歩いていると、欠伸をかみ殺しながら歩いている平助と遭遇した。

「あれ、お前出かけるの?」
「うん。給金もらったし、ちょっとばかし入用があってさ」
「ふーん。なあ、それオレもついて行って良いか?」
「構わないけど。何で?」
「特に理由があるわけじゃねえけどさ。そんで、青葉の用事が終わったら何か食いに行こうぜ」
「は、はあ……」

ああ、要するに暇なのか。確かにここ数日は立て込んでいた事件やら何やらが一気に片付いて、残るは書類仕事のみとなっている。私や山崎、そして当然ながら土方副長といった事務方の仕事をする人員は兎も角、平助たち隊長格の人間たちは簡単な報告書を提出すれば済んだはずだ。通常のように見回りやら稽古をこなしていれば良いというこの待機状態では、規格外の体力や技量を持っている彼らには退屈だろう。一生かかってもその気持ちはわからないが。



大通りの裏の小さな長屋の一角にある、いつも贔屓にしている刀鍛冶の店。店番をしている若い見習いの男に片手をあげて挨拶し、そのまま奥の部屋に進んでいく。勝手知ったる人の店、とでも言うべきか。
「ご無沙汰してまーす」と一声かけると、散らかった工房の真ん中で包丁を研いでいた男が相好を崩して振り向いた。

「おじさーん。頼んでたもん、用意できてる?」
「お、久し振りだなァ井端の坊ちゃん。勿論、上客に頼まれたとあっちゃ俺も手は抜けねェんでね。ちょいと待ってろよ」
「はいよー」

奥の物置に引っ込んだ男の背中を見送り、近くに乱雑に置かれている小刀やら包丁やらを跨ぎ、壁に立てかけられている妙な形の刀を観察する。なんだこれ、私たちが普段目にしているものより重たそうだ。刀身に反りがなく、切っ先から刃区まで両刃となっているし装飾も凝っているし。こりゃ実践向きじゃないな。

「武具?外の国のヤツか……」
「ん、平助はあまり見慣れない?こういうの凄く好きなんだよね。子供のころから親戚とか知り合いに見せてもらってて、もう惚れこんでしまってさー」

この南蛮っぽい感じの拳銃はきっと、日ノ本の職人が調べあげて作ったものかなあ。誰かの刻が入っているし。
ひょいと作業机の上に転がっていた複製和銃を弄んでいたら、平助が神妙な顔をしていることに気が付いた。観察するかのようにじろじろと見てくるものだから、少し距離を取り構えつつ問いかける。

「……何変な顔してんのさ」
「いや、青葉、ガキみてえな顔してんなって」
「なにそれ。喧嘩売ってんの?」
「ち、ちげえし!そういうんじゃなくって!」

否定するように思い切り腕を振り、そのまま間を詰めて二の腕を掴まれた。そこまで気が回らないんだろうけど、ちょっと力込めすぎやしないか。
ずずいと必死な平助の顔が迫ってきて、少し背中を引きながら切り返す。本当にどうしたんだ。

「や、冗談だよ。何そんな慌ててんのさ、やましいことでもあるの?」
「そんなことねえけどー……」

不服さを隠そうともしない平助の手を無理やり腕から離す。痣になってないと良いけど。
それでも言いたいことがあるのかないのか、視線を逸らそうともしない目の前の人間を小突いていると、職人気質の渋い声が降ってきた。

「待たせちまったな、坊ちゃん。ほらよ、これさ」

とは言いつつも、この男は私のようなひよっこでも相手にしてくれる親切な人なのだが。
無造作に手渡されたのは南蛮製の拳銃である。薩長の連中がこういうものをよくよく手に入れているという話を耳にするので、ダメもとで手に入れてもらえるよう頼んでおいた。使いこなせば今後の助けになるだろうと思ったのだが、これ、持ち運びには便利だけれども手入れが大変だったっけな。悩ましい。

「え、」
「手に入れるのにえらい苦労したんだぜ、英国製だ。ま、決して上等な代物じゃねェがな」
「そこは、嘘でも『名誉ある家の長子に渡るのみの貴重な一品』とか言うもんじゃない?」
「お前さん相手に嘘ついても良いことねェだろうが」
「まあ、確かにね。ありがとう、はいこれ」

それもそうである。江戸から京に移ってきてからかなりの間贔屓にしているため、きっとそれなりの上客であるだろう。立場上剣を交える機会も多いために研ぎに出したり折ってしまった小刀の代わりを見繕ってもらったりと随分世話になってきている。新撰組だからといって無駄に警戒することなく相手してくれるこの人が、私も結構気に入っていた。
袂から前々に交渉していた分だけの額を包んだ風呂敷包みを取り出して渡す。中を確認することもなく受け取ったってことは結構気を許されている証だろう。

「まいどあり。毎度毎度俺ンとこ来て、毎回物騒なもん買ってなァ。お前さん、歩く武器商人にでもなるつもりか?」

「あながち間違いでもねえよな」、そう言って大きく咽せたのは平助だ。何がそんなに面白かったんだ、後で覚えとけ。
確かに私は刀や槍の流派を極めている平助たち隊士と違って、事あるごとに違う得物をここで手に入れてる。でも、それは「何でもできなきゃ生き残れない」と考えてるだけであって、こんな高級品の収集癖があるわけではないんだけど。多分。

「商売敵にはならないって。趣味だよ趣味」
「とんだ趣味もあったもんだなァ」
「そんじゃ、ここらでお暇するよ。また来るね」

ひらひらと軽く片手を振って踵を返しかけると、珍しく鍛冶屋の親父が瞠目した。

「坊ちゃん、使い方やら手入れの仕方はわかるのか」
「だいじょうぶ。偶然にも、子供の時に同じの使ってて知ってるから」
「……本当、お前さんはつくづくわからねえやつだ。一体どういう家に生まれたら、ンな物騒なモンを扱うんだよ」

ほとほと呆れ果てた様子の男に、破顔一笑で返す。
そんでもって弾も用意があると言えば、この男はどんな顔をするのだろう。



屯所への帰り道、私の半歩先を歩く平助が空を見上げて呟いた。

「そういえば、青葉って土方さんと考え方似てるよなあ」
「そうかな」
「うん。あの人もケンカ戦法だろ」

確かに私は幹部隊士のように一芸に秀でた人間ではないし、そう踏まえた上で色々なものに手を出している。例示するならば、槍術や砲術、南蛮の銃の扱い方、それから薙刀だとか。末子ではあるが一応そこそこの武家の生まれであるために、それは周囲に求められていたものでもある。これを聞いた副長は「薙刀まで嗜んでいるのか、女がやるもんじゃねえか」と呆れ果てていたっけ。
だが、戦術において多岐に渡る選択肢をもっていることを土方副長の実力と同列に扱うのはどうなのだろう。あくまでも武士を目指さんとする彼と同様に語るのは憚られるような気がする。

「……それはちょっと違うんじゃないの」
「同じじゃねえの?」

吃驚してるところ悪いが、昔バラガキと言われてたらしい副長と私じゃだいぶ差があるぞ。並べられるのもおこがましい。
強いあの人と私は似て非なるものだ。どう言葉にしたものか。

「んー、土方副長の場合は『勝つためにあるもの全てを駆使する』。それに対して『そのままじゃ敵わないから凡ゆる手段を用いる』って感じ」
「言葉遊びじゃん、それって過程は違えど結果は同じことだろ」
「違うよ、全然違う。まだまだだからさ。納得も出来ないし迷ってるし、これで良かったと思ったこともない」

 不可解だというように大きな瞳が細められ、真正面から見据えられた。
通りを照らす夕日が眩しい。日差しを遮るために額に当てた右手が、血塗られたように赤かった。

「……これ、前から聞きたかったことでもあるんだけどさ」
「なに?」
「それなら、青葉って、どうして新撰組に入ったんだ?」
「……」

平助の言葉が深く胸を穿ったような心地である。
そう来るか、そんなつもりはなかったんだけどなあ。躱しそびれた問いの答えに窮し、噛んだ唇は鉄の味がした。

「多分、平助が思うほど大層なもんじゃないよ。人様に語れるほどのことでもない」
「オレだって、馬鹿にするつもりで聞いたんじゃねえし」
「全然面白くもなんともないよ」
「……だから、そういうんじゃねえって。オレはただ、青葉が何を見ているかを知りたいだけだよ」

「嫌なら別に良いけどさ」付け加えられた台詞は、いつもより幾分か覇気のないものだった。
何を見ているか、なんて面白い言い回しをする。私がここにいるのはきっと、

「……最後に残した逃げ場が、この道だっただけだよ」

逃げられないのではなく、逃げたくなかった。今この場も、勿論自分の境遇からも、他の誰でもなく平助相手だからでもある。

「残したって、誰が?」
「自分だよ。他人に言われてやるほど、甘くなんてないでしょうが」

随分消極的だと思うかな。でもこれが精一杯だ。からからに乾いた口から漸く出したのは、苦し紛れに虚勢を張ったものだった。
押し黙った平助の顔からは感情が読めない。沈黙に耐えかねて近づいて声をかけた。

「平助?」
「……十分すげえよ」
「何言ってんの」
「そういう所なんだろうな、お前の強さって」
「?」

最後に呟いた言葉は耳まで届かなかった。一度天を仰いだ平助が、こちらを向いてさっぱり笑う。

「帰ろうぜ、青葉。やっぱ食いに行くんじゃなくて、部屋でのんびり飲みてえな」
「うん、いいけど……」

そのまま前を向きなおした平助の背中が、どういうわけか遠いように感じた。




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