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清算の餞





「失礼します、井端ですが」
「入れ」

声からは機嫌が良いのか不機嫌なのかの見当がつかなかった。最大の気を遣って出来うる限り丁寧かつ迅速に戸を開ける。

そこに居たのは、芹沢鴨その人のみだった。

鉄扇を弄ぶ強靭な体躯を持つその男は、頭から爪先まで舐めるように視線を移した後に目を細めてくるものだから心中を見透かされているような心地である。

「回復が早かったな貴様。貧弱な身の割に、存外丈夫な造りをしているのか」
「まあ、しぶとさが唯一の売りでして」

ふいを突かれて昏倒こそしてしまったが、ここで生活している以上それなりに身体は鍛えている。そこらの人間と同じにはされたくないものだ。口に出したら最後、頭と身体がさよなら……なんてことになりかねないが。

ふいと私の右側、部屋の中央に鋭い視線が巡る。彼はそのまま鉄扇で畳を示した。座れということだろう。

失礼します、一言断ってから腰を下ろした。ここに至るまでのやり取りや私の態度はあまり褒められたものではないだろうが、一応機嫌は損ねなかったらしい。それはまあ、何よりである。

「その身でよく耐えられる、貴様の居るべき場は此処ではない筈だが」
「え」

今日の芹沢鴨はいやに饒舌だ。沈黙が降りたら居た堪れないだろうと予想していたが、向こうが勝手に話しかけてくるのならそれなりに返すのみである。そつなく返事をする、それが中々難しいのだが。

言葉の意味がわかりかねる。回りくどい言い方は嫌いだ。

「何のことで、」
「今この場で口にしても良いのか。土方や近藤に知られて良いのならば構わないが」
「っ、いいえ」

貴様は女だろう、と。
その目がありありと語っている。何にも畏怖しない、全てを見透かしているその眼が。

何故。どうして知っているんだ。よりにもよって芹沢局長が、私の最大の秘密を何故知っている。
昨日知られたのか、それとも元々知っていたのか。どちらなのかは定かでないが、この組織で一番知られてはならなかった人間が握ってしまったのは最悪の事態だといえよう。ひくりと喉が鳴る。

「武芸の名門、井端家の端くれだとは聞いていたが、まさか」
「……」
「有望と謳われた末子が貴様で、それも」
「呑み込みが早かっただけです」

被せるように発した言い訳、気を悪くした様子もなくぎょろりと向けられたギラギラと鈍く光る目。

「不要な謙遜は好かん」
「性分なもので」
「次は無いと思え」
「承知しました」

不要な謙遜とは良く言う。この人もこの人で滅多に他人を褒めるような人間ではないから、彼の評価はそれなりに的を得たものではあるのだろうが。
これは謙遜なんて可愛いものではなくて真実だ。技があろうとも力が伴っていなければならず、その逆も然り。それに加えて心も強くあらねばならぬ。

そして私には、そもそもの力が足りないのだから。

「芹沢局長、一つ話があるのですがーーー」
「ほう?」

目があった。
負けないように腹に力を入れて目の前の男を見据えた。

◇ ◇ ◇

部屋の外に複数人の足音がした。
口を噤んで視線をそちらに向ける。「入れ」命令するように短く声を発した芹沢に呼応するように戸が静かに開く。

「待たせたな芹沢さん。……井端、もう来ていたのか」
「え、あ、土方さん」
「何突っ立ってんだ、早く座れ」

そのまま、局長と副長が部屋に入ってくる。きっと二人とも呼びつけられたんだろう。難儀な立場である、同情はしないけど。
そのまま入ってくるなり、近藤局長が相貌を崩して口を開いた。

「おお、井端くん!もう体調は平気なのか?」
「はあ、まあ。ご心配をおかけしました」
「んな貧相な身体つきしてるから不覚を取るんだ」
「……それは失礼しました」

土方副長の嫌味とも思えるこの言葉も、まあ彼なりの気遣いとかそういうものなんだとわかるようになった。ぶっきらぼうではあるが、こちらを責めるような気配は感じられない。
あれ、私、罰せられるんじゃなかったのか。拍子抜けして土方副長の顔面から眼を逸らせず、そのまま胡乱げな視線に刺された。

「それで、昨夜の話だが……」




◇ ◇ ◇





「失礼しました」
「悪かったな、少しは休めよ」

一礼してから顔を上げる。頭の上から降ってきた、珍しいとも言える副長の労りの台詞を堪能する暇もなく、相変わらず眼光鋭い芹沢局長の視界から逃げるように部屋を離れる。

「わかっているな、貴様」
「芹沢さん?」

背中を追っかけてくる地を這う低い声、冷や汗が伝う感覚が気持ち悪い。
わかっているかなんて今更だ。今だってきっと、首元に歯が迫っているも同然なのだろう。私の置かれている立場はどんどん悪化している、時が経てば経つほどこの組織に縛られているような感覚だ。

「……勿論ですとも」

僅かに首をひねった、土方副長にはこの会話の真意は伝わるまい。逃げ出したい。心底そう思ったのは初めてだった。



井吹の逃亡と芹沢局長の死亡が知らされたのは、それから暫くしてのことだった。

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