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僕の恋愛事情と台所事情


私の彼氏は「穂群原のブラウニー」こと衛宮士郎、だったりする。
同い年、同じクラスのお人好し・童顔の男子で、

「あ、士郎……」
「?どうしたんだ、なまえ」
「ううん、何でもない。料理してる後姿って良いなぁなんて思っただけ」
「そうか?」

それでいて、とんでもなく料理上手なのである。

これがクラスメイト相手なら「料理出来る彼氏なんてレベル高くて素敵だよね!」なーんて手放しで称賛出来るのだけれど、いざその人が隣に立つようになると、まぁ想定外の感情と嬉しさの間でテンションが行ったり来たりするのだから困ったものだ。

「っと、お待ちどうさま。出来たぞ」
「ありがとう!」

とん、軽く音を立ててテーブルに置かれたのは料理人顔負け(だと私が勝手に思っている)の玉ねぎ・じゃがいもの味噌汁、出し巻たまご、秋刀魚の塩焼き……などなど。私も一応一通りの料理は嗜んでいたのだけれど、もうレベルが違い過ぎる。だってね、これ夕飯だよ。今日の衛宮邸には私と士郎の二人しか居ないのにこのクオリティだよ。
手間と時間とその他諸々を考えて、私がこの献立をこの質を維持して再現するのは無理だ。出来たとしても士郎の数倍は時間がかかる。うぅ、もういつまでも勝てる気がしない。

「わぁ、美味しそう……」

内心複雑になりながらも、やっぱり身体ってやつは欲望に正直で。じゅるり、抑えきれない食欲が唾液となって危うく口から溢れるところだった。慌てて開きっぱなしだった口を閉じる。
この料理を独り占めできるのは彼女の特権でしょ(いや、正直言うと独り占めできてなんかないんだけどね……藤村先生とか後輩の間桐さんとか色々)。恋愛において相手の胃袋を掴むのは大事だとか言うけど、私は士郎にきっちりしっかり掴まれたってことだろう。

◇ ◇ ◇

「ーーーやっぱりこれじゃダメだと思う!」

士郎の絶品ご飯に舌鼓をうっていたわけだが、自分の女子力のなさ(いや、別にないわけではないと思うんだ!)……というかレベルの違いに直面し、何とか打開策を見つけなくちゃと一度箸を置いた。行儀は悪いかもしれないけれど、テーブルを挟んで士郎の真正面の位置から斜め前に移動して身を乗り出す。

「え、何か味付け変だったか?」
「あ、違うんだよ。そういう意味じゃないの。今日のご飯も美味しいよ」

そっかと呟いて、小さく胸を撫で下ろす士郎は紛う事なき生粋の料理人だ。私の知っている限り、(多少の乱れは極々稀にないこともないが)士郎が変な味の料理を出してくることなんて全くない。

「私も一応ね、士郎の料理レベルに追いつく……まではいかなくても、少しでも近づきたいなぁ、なんて」
「なまえだって料理出来るだろ?この前作ってくれたかぶら蒸しとか筑前煮、結構美味かったぞ」

かぶら蒸しって、かぶを白身魚の上に乗せて蒸すのだけれど、一見簡単そうに思えて出汁とか味付けとかが難しくって。

「お褒めの言葉はありがたいのだけれど、全然まだまだだよ。士郎、食べた時に注文つけて来たでしょー」
「そ、それは……」
「アドバイスしてくれるのは大歓迎だよ、私も頑張ろうって思えるし。だからね、もっともっと頑張りたいの。今のままじゃ何かこう、士郎に負けちゃってる気がするんだもん」

料理が勝ち負けじゃないのは知ってるけど、心の奥で燻る劣等感というか、モヤモヤした気持ちはいい加減拭いたい。こんな手の込んだ料理を出してもらってるのに、沈んだ気分で食べるなんて勿体無い。

「そんなことあるもんか。ゆっくりで良いだろ、少しずつで」
「で、も……」

焦り過ぎだろ、そう諭されて気持ちが萎む。私だって、上手く作れたら楽しいだろうなって、士郎に褒めて貰いたいなって思っちゃうんだもん。それも、こんな美味しいご飯を出されたら、尚更。
頭の中を「けど・でも・だって」の否定の接続詞が占める。ダメ、今口開いたらマイナス発言しか出てこない。
かたん、士郎が箸を置くのが視界の端に入り込んだ。次に放たれる言葉をどうしても聞きたくなくて、ぐっと身体を固くする。


「なまえが!」
「?」

けれど。
予想外に、大きめの声で勢いよく呼ばれた名前に、反射的に視線を上げた。

「……自分で作った飯を眉間に皺寄せて食ってるより、その、とびきり笑って食ってるの見る方が、俺もーーー嬉しい、し」

視線を斜め下に外してるのは照れてる証拠、なんて冷静に考えることが出来るわけもなく。妙な気恥ずかしさがこちらにまで伝染する。

うそ。私、そんなわかりやすいかな。そこまで顔に出てるの、思ってること。

「あ、の。私、そんな笑ってた?」
「ああ。飯を前にした、極限まで腹を空かしたセイバーみたいに」
「う……」

そんなの知らないもん。絆されかけていた感情が一気に冷えた。例えが悪い、例えが。この分からず屋、ちょっとは女子の気持ちだって考えてよ。言いたいことは山程積もる。

だけど、こんなこと言ったって何かが変わるはずもない。だってそこが士郎の良いところでもあるんだから。喉まで出かかった言葉を堪え、一旦置いていた箸をぎゅっと握り締める。
でも、心の中でくらいなら言っちゃうから。こんな時に他の子の名前なんか出すな、ばーか。この鈍感ばか。

「なまえの思いっきり笑った顔、飯食ってる時が初めてだったんだ。だから、こうやって家で二人で夕飯食うのが……その、悪くないな、とか」

妙に歯切れの悪い士郎の言葉、頭の中でぐるぐると考えながら伏せていた顔を少しだけ上げる。

「〜〜〜っ、だから、なまえを他の奴なんかに見せたくないと思っただけだ!悪いか、ばか」
「ーーーぁ、」

心臓が大きく跳ねて、言葉の意味を理解しきるまでにかかった時間はたっぷり数十秒。
呼吸が止まって、絞り出せたのは小さな一音だけ。

ちくしょう、丸め込まれた。苛々とか劣等感とか纏めてどこかに飛んでって、私の中に残ってるのは士郎の台詞だけ。

こういう言葉を半ば無意識に発して、後から気付いて赤面する士郎も士郎だけど。うん、毎度毎度これにやられちゃってる私もやっぱりーーー。

「まーーーまいりました、降参」
「な……」
「士郎のそういうとこ、だいすきだよ」

滅多に言えない本音を囁いて、ぎゅうと思い切り抱きついた。目を白黒させて真っ赤になった士郎の顔には知らないふり。

他の女の子の名前を出したのは大目に見ることにしよう。
うん、だから、最後にちょっとだけ困らせちゃうくらいは許してね。
_3/5
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