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未来行きシンコペーション
第79号ネタ


廊下を歩いていたら、珍しく焦りが感じられる野崎の声が背中側から降ってきた。

「みょうじ先輩」
「ん、野崎?」

振り返ると野崎と御子柴の姿プラス廊下で戯れている鹿島と掘とかいう、いつもの光景、

「え」

ではなかった。

「あの、これ、どうしたの?」
「ブランデーケーキで酔ったらしいです……」

へえ、ブランデーケーキ食べたのか。差し入れか何かかな。そもそもケーキを学校で食べるなんて羨まし……じゃなくて。
え、アルコールがほぼ飛ばされている(と思われる)ケーキで酔っちゃう人とかいるの。

「や、やだなぁ御子柴、漫画じゃあるまいしそんなこと……」
「嘘だったら良いんですけどね」
「え。本当に酔ってるの、これ」

かしまーなでてやるーと心なしか普段よりハイテンションな堀に若干たじろぐ。無意識に二、三歩後退していた。

本音を言ってしまおう。関わりたくない。

堀の視界に入らないように、そそくさと野崎の背中に隠れる。
いや、だって鹿島髪くしゃくしゃだし傷だらけだよ?堀、すごくご機嫌に見えるのに何が起こっているの。

「やべえ、想像以上に出来上がってるぜ……!」
「あぁ……」
「水だ!鹿島、水飲ませてやれ!」

酔っ払いになんて遭遇したことないしどうしたら良いのやら。戦々恐々と鹿島の様子を見守っていると、御子柴が閃いたように声を張り上げた。
鹿島が、堀の絡み地獄からやっとの事で抜け出してこちらに駆けてくる。

「あ、さっき買ったばっかのミネラルウォーター持ってるよ。まだ飲んでないしこれあげよっか」
「ほ、ほんとですか!?先輩、お願いします」

はい、とペットボトルを差し出した手は鹿島の手によってやんわりと押し戻された。え、鹿島が渡すんじゃないの?
これは一体どういうこと、と混乱すること数秒。

「う、うん……」

詰まる所、私にやってってことか。この酔っ払い(堀)の相手を。
まあ、可愛い後輩の前だし。違う意味で堀に可愛がられたと言っても信じちゃいそうなボロボロの状態だし。出来ればこの役目はごめんこうむりたい、と弱音を吐くわけにもいかず。
疲労困憊状態の鹿島からバトンを渡され(押し付けられたともいう)、そろそろと堀に近づく。ターゲットを鹿島から野崎に変更していた堀は、後輩たちに酔っ払いよろしくスキンシップしていた。いや今の状態だとまさしく酔っ払いなんだけれども、そんなあからさまに嫌そうな顔するのはどうなの、野崎。

「おーい、堀?」

大丈夫なのかな。本人の身を心配しつつ、被害を被っているらしい野崎たちを救出することも兼ねて声をかける。

「大丈夫?」
「?みょうじ……?」

あ、今のいつもより舌ったらずで可愛かったかも、じゃなくて!

「は、はいどーぞ。お水だよ」
「みず……」

あぶない、なんか聞いてるこっちが赤面しそうだった。くらっといきそうな思考回路をなんとか通常運転状態まで戻し、壁に背を預けて座り込んでいる堀に蓋を外したペットボトルを手渡す。
なんか弟の世話してるみたいな気分。こくこくと大人しく喉を潤している様子は、さっきまで鹿島に絡んでいた時とは全然違う。このままのテンションで正気に戻ってくれないかなぁ。

「酔ってる時の堀ちゃん先輩って何でもやってくれるんですよー」
「だ、大丈夫なの……?」
「え、何がですか?」

堀に(割とヤバい感じに)可愛がられた髪の毛がぐしゃぐしゃになっている鹿島は、何故かニコニコ笑顔でご満悦。心の底から、隣でため息をついている御子柴に同情するよ。これツッコミ追いつかない。ヘラヘラ笑ってるけど怒られてる時との差がわかんないくらいボロボロだよ鹿島。
まあ、千代に「バカ」と称されるくらいの鹿島だもん、そのまま何も行動を起こさない訳もなく。ご機嫌な学園の王子は、何でもない顔してとんでもないことを言い出した。

「堀ちゃんせんぱーい、みょうじ先輩もハグしてあげてくださーい!」
「あ、あの。何言ってるの鹿島、いくら何でもそれは」

聞き入れないでしょ。だって、良くも悪くもクラスメイトだもん。

予想される範疇の斜め上を行く発言に度肝を抜かれていると。
私の背後、大人しくミネラルウォーターを飲んでいたはずの堀のいる方向から腕が伸びてきて、

「?」

ぎゅう、とお腹のあたりをホールドされたと思ったら、背中にずしっと誰かがのし掛かってくる。

え、ちょっとまって。嘘でしょ。

「な……」
「ちょっ、堀先輩!?」

少女漫画のヒロインよろしく顔を真っ赤にしている御子柴、ってマミコだからあながち反応としては間違っていないか。ぽかんと呆気にとられている鹿島も、どこからともなくメモ帳を取り出してペンを走らせている野崎も呑気に見てるだけじゃなくて助けてよ……!

「なまえ、」
「ぅ、あ……」

ぞわり、全身が震えた。
逃げられたもんじゃない。抱き締める腕の力を強めるなんて卑怯だ。耳元に触れるか触れないかの至近距離で、それもちょっと掠れた声で名前を囁くなんて反則技を使ってくるなんて誰が予想しただろう。自分では見えないけどゆでダコみたいになっているに違いない顔はバカみたいにあっつくって、心臓は人生で一番のスピードで爆走、それも未だ加速し続けている。
駄目だ、リミッター外れて死んじゃいそう。でも、そうなっても本望かもしれない、なんて安易に考えちゃうくらいには思考がやられてしまっている。

だって、これじゃキャパオーバーで私、どうかなっちゃう。これ以上ないくらいの距離感に、頭が真っ白で苦しくてどきどきしてあったかくて、もう。
離れてほしいけどこのままでいたくて、この時間が一瞬のようで永遠にも思えて。

「ほ、ほ……り……」

辛うじて絞り出した声は堀に聞こえているのかいないのか。それを判別する余裕なんてこれっぽっちもなくって。

自慢じゃないけど男の子に名前で呼ばれた経験なんてないし、抱き締められたことなんてあるわけない。

「あ、みょうじ先輩っ」
「わ……!?」

突如意識を飛ばした堀の体重を背中に受け、文字通りバタンと床に倒れこんだ。


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ごめんなさい、収まりきらなかったので続きます。
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