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学校を後にし、帰路につく。音楽でも聞こうかとバックの中に入っているはずの音楽プレーヤーを探していると、目の前で知っている二人が会話しながら歩いていた。
周りの生徒から頭一つ分くらい飛び出ている、長身の男子生徒二人。後ろからこっそり駆け寄って、やや強めに背中を叩く。

「野崎、若松、久しぶりー」
「長谷部先輩、お久しぶりです!あ、先輩にも聞いて欲しいことがあるんですけど、良いですか?」
「うん、おっけー」

中学のバスケ部で縁があった、野崎と若松。こうやって三人揃うのは久し振りかも。同じ高校なのは知っていたけど。
若松は中学の頃から結構お喋りだったし、学校であったこと、いろいろ話してくれるんだろうな。ややげっそりした顔の野崎の隣に移動し、話を聞く体制に入った。うん、入ったんだけれども。
若松の話を要約すると、部活で酷い目にあっていて、その相手が女子の助っ人だということ。つまり愚痴だ。それも、とんでもなく悲壮感に溢れた愚痴。先程、野崎の表情が死んでいたことに、今更ながら納得する。

「えっと、女子バスケ部の助っ人ってそんなに凄いの?」
「凄いというより酷いんです!最早アレはバスケじゃないですよ……」

俺も良くボールを当てられて困っているんです、と若松が今日できたらしい痣を見せてくる。いや、私に見せられても困るよ。
でも、確かにあの重たい球体が(故意に)自分に向かってくると考えるだけでもぞっとする。それを何度も何度も繰り返しているなんて、若松はタフだなぁ。私だったらトラウマになってしまいそうだ。同情すると共にその根性に感心する。流石運動部だね。

そういえばバスケ部の助っ人といえば、この前結月がそんなことやるって言っていたような気がするような。あれ、もしかして若松の言う酷い助っ人って結月のことだったりして。
頭の中に浮かんだ彼女の顔を消せないでいると、隣にいた野崎が小声で囁いてきた。

「先輩、それ2年の瀬尾らしいですよ」
「あー、まぁ、結月だよね……まさかとは思っていたけどね……」

そうか、やっぱりそうだったのか。部活の先輩である私が言うのもアレだけど、結月を止めるのはほぼ不可能に近いからなぁ。コンクールの時くらいに大人しくしてればいいけど、あの状態じゃバスケは出来そうにないし。

「えっ、瀬尾先輩と知り合いなんですか!長谷部先輩、あの人ほんとに何とかしてください!」

いや、涙目で頼まれても困る。何とかしたいのはやまやまだけど、結月はあれでこそ結月っていうか、そもそも彼女は悪気があってやってるわけじゃないみたいだし。とにかく、私一人の力じゃどうにもなりません。
がっくりと肩を落としている若松には申し訳ないけど、このまま頑張ってもらうしかない。高校のバスケ部には関わりないから、口出しもしにくいし。

「あ、先輩も消しゴムかけ手伝ってもらえませんか?」
「はいよー。若松も無理しちゃダメだからね。頑張りすぎも良くないよ」
「ありがとうございます……」

私と会う前に、若松も野崎の家に行く予定だったらしい。結局懐かしい三人で、野崎の家に向かうことになった。



「えっ、不眠症なの?」
「はい、夜も全然眠れなくて……」

消しゴムかけをしている最中のカミングアウトに、愕然とする。そこまで深刻だったのか。若松って繊細そうだから、大変だなぁ。

「音楽でもつけましょうか?」
「あ、うん。よろしくー」

何かいい安眠法とかありますか、との質問に悩む。私、あまり寝れないこととかないからなぁ。
どうなんだろう。例えば、自分自身を限界まで疲れさせてからベッドに入るとかどうかな。腹筋とか腕立てとか、何でもいいから筋トレをやって、疲労が溜まった状態にするのとかしか思い付かないかも。でも、寝るためだけにそこまでするってのも微妙。
野崎が音楽プレーヤーのスイッチを入れる。再生ボタンを押した瞬間、綺麗な女子の歌声がスピーカーから流れてきた。うん?女子の歌声?聞いたことあるこれって、もしかしてもしかすると。

「野崎、今の歌声って……」

切れた。見たこともない速さで停止ボタンに手を伸ばしていた野崎が、滝のような冷や汗をかきながらこちらを振り返る。

「いや、今のは気にしないでください!何でもないですから!」

何でもないと言われても。だって今の、どこかで聞いたことのある声っていうか、部室で良く聞く歌声っていうか。

「結月の歌声だよね?付けとけばいいのに」

どうして野崎はそんなに慌ててスイッチを切ったのだろう。結月のファンってのが恥ずかしかったのかな。いや、でも野崎ってそういうの気にするタイプじゃないし。あ、もしかしてローレライの正体が結月ってのも知らなかったりして。もしそうだったなら悪いことしたなぁ。

「あ、あれ?若松?」

何か近くでドサッと物音がした。若松が何か落としたのかと思い、声をかけようとすると。

「ね、寝てるよ?全然不眠症には見えないよね。若松っていつもこうなの?」
「いや、そんなことはないです」
「そうなんだ?じゃあ、今の結月の歌声が子守唄になってるとかー、なんて」

若松はこちらのことなど知ったこっちゃない、という風にすやすやと寝息を立てている。
結月の名前を出す度にえっ、と心底嫌そうな声を上げる野崎。えっと、野崎にとって結月は鬼門なのかな。今度からは話題に出すとき気を付けよう。





野崎の家に手伝いに行って数日後。
部活が終わって、忘れ物を取りに教室に帰る。毎度毎度忘れ物が多いな、私。部活だったからいいものの、家から学校に取りに帰るのは面倒くさいから、これからこういうことがないようにしようと心に決める。
そういえば、今日の結月はテンション高かった。部室に入ってきた後「あ、先輩、さっき後輩に照れながら手袋もらった!」と(潰れた虫がついたらしい)手袋を見せてくれた。手袋をあげるなんて、結月に告白でもしたのかな、その後輩。面白そうって言ったら後輩さんに失礼だけど、見てみたかった、その場面。

「あれ、電話?」

自分の机についたところで、カバンの中で携帯電話がブルブル震えているのに気づく。何があったのかと発信者名を確認すると、野崎だった。野崎が電話してくるなんて余程の事態なんだな、と何が起こってもいいように身構え、携帯電話を耳にあてる。

「もしもし?どうしたの野崎?」
「先輩……若松が瀬尾に決闘を申し込もうとして、間違えて手袋をプレゼントしてしまったんですが……」

それって若松だったのか。先程の結月の嬉しそうな顔が頭の中に浮かんで消える。

「ああ、それで結月は上機嫌だったんだね……」
「えっ、アイツ上機嫌だったんですか!?」

ええ、いつもに増して嬉しそうだったよ。手袋をしたまま虫を潰してしまったらしいけど、流石にこれは言わないでおこう。

「若松はお姫様みたいな趣味でもあるのかな?手袋を投げつけて決闘を申し込む、なんて中世ヨーロッパの貴族みたいだよ……」
「いや、王子様を探してる先輩も似たような感じですけどね」
「……っ!」

不意打ちだった。声にならない声を上げて教室に立ち尽くす。
違うよ、別に好きとかじゃなくて、王子様役をやっていた人を探してるだけだよ。野崎にそう言い返したいのに言葉が出ない。まさか、手袋を投げつけて決闘、なんてのと一緒にされるなんて。
数分後、たまたま通りかかった堀に声をかけられるまで、私は魂が抜けたように放心していた。

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