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「!?」

下半身に鈍い痛みが走る。何が起こったのかよくわからないけど、落下したってことだけは理解できる。痛い。
どこか遠くへ行っていた意識が、たちどころに在るべきところへ帰ってきた。床に打ち付けたお尻をさすりながら痛みに耐えていると、目の前には堀と鹿島の顔があった。

「長谷部!?」
「ちょ、大丈夫ですか!?」

ああ、お芝居、中断させちゃったんだ。私が我儘言ってやってもらってたのに、申し訳ない。
体調悪いのか、と眉を寄せて顔を覗き込んでくる堀に小さく笑いかける。躊躇いなく差し出された手に捕まり、引っ張り上げてもらってから、顔に熱が集まってきた。何してるの、私。
慌てて、さっき座るはずだった椅子に座って一息つく。

「こ、腰抜けた……」
「はぁ?」
「堀ちゃん先輩の演技を見てビックリする人はいますけど、腰抜けた人は初めてですね」

それはそうでしょうよ。感動する人は多いだろうけど、腰を抜かす人なんて私ぐらいだと思う。


「ねぇ、堀」
「ん?」

言わなくちゃ。こんな絶好のチャンス、今しかないんだよ。
視線が合った。こんなの、別に初めてじゃないのに。過去に何度も何度もあったのに、心臓が信じられないくらい、ばくばくいってる。自分が自分じゃないみたい。上手く動かない唇を必死に動かし、頭に浮かんだ言葉を紡ぐ。

「ほんの一欠片でも、君の人生の一部になれたのなら……」

記憶を頼りに、死に物狂いでかき集めた言葉は、あの続きのセリフ。
堀が大きく目を見開いた。手にしていた台本を、信じられないような面持ちで見つめる。

「続き、こんな感じだったでしょ」
「……何で長谷部、知ってるんだ?」

ああ、やっぱりね。すとんと何かがはまったように納得して、呼吸が楽になる。全身を、軽い倦怠感が支配した。
どうりで見つからないはずだよ。まさか、あの人が、お芝居するのやめてるなんて。そんなこと考えもつかなかったんだから。
うん、知ってるよ、だって全然忘れられなかった。2年前、私が演劇部部室の前で聞いたのって、これだよ。あの日から変わってない、全てそのまんま。

「だってこれ、一年生の冬休み、ここで聞いたよ。顔も名前もわかんなかったけど」
「ん?確か、それって……」

「王子様って、堀だったんだね」

こんなことを言えるなんて、2年前の私は考えてなかったんだろうな。貴方のことを追いかけていました、とは言えないまでも、ずっとずっと心の中で思い続けてたのは事実で。
案外、探してる人って近くにいるものだなぁ。独りでに緩んでしまう頬を両手で抑える。




「お前、これ、王子っつっても姫を取り合って負けた方の王子のセリフだぞ?完全に当て馬じゃねえか」

そして、一気に熱が冷めた。

しーんと静かになった部室に、寧ろ引き立て役じゃねえのか、という堀の憮然とした声が響いた。
いや、台本を読んだら、確かにそうかもしれないけど。堀がやってたのは、当て馬のどうしようもない王子かもしれないけど。全部読んでいない私には想像もつかないけど。

「でも、すっごいカッコ良かったの!」
「いや、これは無理があるだろ」
「もーっ、そういう問題じゃないのに!」

ぷいとそっぽを向く。堀のせいで喜びが半減だよ。あの時は、そういうの関係なく、ただ純粋にかっこいいなって、素敵だなって思っただけなのに。

いや、でも、ちょっと待って。
私、今、本人に向かって王子様とか言った。言っちゃった。
面と向かっては言わないようにしようと思ってたのに。っていうか、言うにしても他の言い方とかあるでしょ、ずっとファンでした、とか。なんでよりにもよって王子とか言っちゃったんだろう。
高校生にもなって何が「王子様だったんだ」だよ、運命の相手とか一目惚れしたとか、好きな人だったとかじゃあるまいし。ああもう恥ずかしい。
やだな、もう、ほんと。頭の中がごちゃごちゃになってる。探し人が見つかったって事実が頭の大部分を占めていたのかな。それで気分が高揚していたせいで、知力が低下していたみたい。自覚すれば、再び急激に上がる体温、たちまち火照っていく顔。もう、自分ではどうしようもなくて、視線を斜め下に向ける。



「あのー、話が読めないんですけど」

顔を上げる。ぽかん、と呆気にとられているような顔で、鹿島がぽつりと呟いていた。王子様ってなんのことですか、という至極当然な疑問に、顔が強張る。
そうだった、完璧に忘れてた。鹿島には何にも説明してないまま、置いてけぼりにしていた。でも、この状況の中、一から説明するのは私には難しすぎる。堀の前で全ての事情を話すなんて、どんな罰ゲームだよ、これ。

ごめん、詳しいことは後からする、後からちゃんと話すから。心の中で言い訳して、鹿島の腕を引っ張る。そのまま部室の隅まで移動してもらい、小声で質問をぶつけた。

「あ、あのさ鹿島、ファンだった人にたまたま遭遇した時って、どうしたらいいと思う?」
「普通、握手したりサイン貰ったり、一緒に写真を撮ったりしてもらいますかね?」

成程。確かに芸能人とか、スポーツ選手とばったり会った人って、そういうことしてる気がする。私にはそんな経験なかったけども。
ありがと、と短く礼を言う。腑に落ちていない鹿島をそのままに、回れ右して、堀に向かって勢い良く頭を下げた。

「堀!握手とサイン、写真をお願いしてもいいですか!」
「いや、ちょっ、はぁ!?」

返答の声が裏返った。あれ、変なこと言ったっけ。驚愕している目の前の顔を、まじまじと見る。
私の正面で直立したまま、堀が鹿島に向かって、今にも掴みかからん迫力で怒号した。

「鹿島!長谷部に一体何吹き込みやがった!」
「え?憧れの相手に会った時どうするって聞かれたので、握手とサインと写真って言っただけですよ」

そうだよ、本当にそれだけだよ。
何がお気に召さなかったのかはわからないけど、つかつかと鹿島の元に歩み寄り、堀は蹴りを繰り出した。クリーンヒット。
うわ、これは理不尽かも。大丈夫かな、鹿島。床に撃沈した演劇部の王子の姿を、息を切らしながら見下ろす堀の元に向かう。
でも、今日も良い蹴りですねとか何とか言っている様子を見るに、杞憂だったらしい。ほっとする。というより、蹴りを入れられても堀のことを讃えてるって、それもう最早崇拝してるようなもんだよね、鹿島。

「長谷部?」
「!?」

ああ、もう、ダメだ。不意打ちはずるいよ、心臓に悪すぎる。私の気配に気づき、振り向いた堀の顔を視界に入れた途端、恥ずかしさとか気まずさとかが一気に押し寄せてきて、蘇るのは件の言葉。

ほんの一欠片でも、君の人生の一部になれたのなら。俺のこの生涯にも、意味が見出せるというものだ。

僅かでも油断したら、気を緩めてしまったら、甘い声音がぐるぐる回り続ける。とんでもなく重症だ、私。

あ、そうか。きっと、この奇妙な場の雰囲気に呑まれちゃったんだよ。だからこんなにテンションが上がっちゃってるんだ。誰に言うともなく小さく言い訳し、そっと堀の腕に手を伸ばし。堀の着ている制服、半袖シャツの袖を引っ張り、少し屈んだ彼の耳元で囁く。

「あのね、やっぱりね。堀って凄いね。最高にかっこいいよ」
「な……!」

ずーっと、私の頭から離れてくれない仕返しだよ、ばーか。
真っ赤になった相手の顔を確認し、べえっと舌を出しておどけてみせる。やられっぱなしじゃ済まないんだから。

ねえ、もっとかっこいいとこ見せてよ、王子様。堀を茶化してみると、馬鹿って言いながら、くしゃりと優しく髪を撫でられた。

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