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「長谷部先輩、丁度良いところに!」
「あ」

部活帰りに昇降口へ向かっていると、廊下で鹿島と堀に出会った。
鹿島と目が合った、 と思った瞬間、彼女は飼い主になついている犬のように一目散に駆け寄ってくる。尻尾振ってるみたい。いつもと違わず、今日も元気だね。うん、数秒前まで、堀に首根っこ掴まれて引きずられていたのは見なかったことにしておこう。きっと夢か幻だよ。
鹿島はこちらに辿り着くと、心底嬉しそうに目をキラキラさせ、ガラ空きだった私の手をとった。

「先輩、今から読み練するんですけど、堀ちゃん先輩のお姫様役、見ていきませんか?ドレスも着ますよ!」
「おい鹿島!堂々と嘘言ってんじゃねぇ!」

堀が背後から近寄って、思い切り蹴りを叩き込んだ。鹿島が床に崩れ落ちる。
おお、殆どの部活生が下校する時間なのに、二人は部室で自主練かぁ。演劇部のエースと部長なだけある、部活にかける情熱が桁違い。私も見習わなくちゃ。
え、でも今、堀がお姫様役って言った?この際男子がなぜお姫様なのかは(大変気になるけど)置いといて。あれ、堀って役者だったのかな。部長兼大道具って聞いた気がするのに。

「ほ、堀って役者さんなの……?」
「知りませんでしたか?先輩は昔、役者だったんですよ」

お前が威張るなよとぼやく堀の隣で、凄く上手なんです!と我が事のように得意げな表情の鹿島が胸を張る。王子と呼ばれる鹿島がそこまで褒めるなら、相当堀の演技は上手いんだろう。
ええ、そうだったんだ。役者だったなんて全く知らなかった。舞台に立ってる堀って、あんまりイメージ湧かないけど、どんな感じなんだろう。とっても気になる。

「もし、もしだよ?お邪魔じゃないなら、是非見学させてもらいたいな、なんて」
「別に良いぞ。どうせ他に誰もいないしな」

良かった。意外とあっさり貰った了承に小さくガッツポーズ。二人の話によると、野崎や千代も良く部室に来ているらしい。漫画のネタとかにするのかな。逞しいなぁ、漫画家。それに、健気だなぁ、千代。
ほらさっさと行くぞ、と堀が鹿島の制服を掴んで引きずっていく。いくら読み練とはいえ、間近で堀と鹿島の演技を見られるなんて。しかも、観客は私一人だけ。何て贅沢なんだろう。





演劇部、部室。部員じゃない私は勿論、入るのは初めて。一応「失礼しまーす」と挨拶し、小さくなりながら入室する。おお、同じような教室なのに、やっぱり雰囲気は違うなぁ。
立って見るのは疲れるだろうからと堀が用意してくれた椅子に、ありがたく腰掛ける。小道具作成などの作業するためであろう用具や衣装に囲まれていて、何だか不思議な気分。物珍しいものばかりで、きょろきょろと周りを見渡す。
目の前で二人が準備を始めた。堀と向かい合った鹿島が、相好を崩しながら弾んだ声を上げる。

「うわー、堀ちゃん先輩と演技できるなんて嬉しいなー。まずは……」
「あ、あの、お願いがあるんだけど」

思い出した。前から、どうしてもやって欲しいことがあったんだった。立ち上がって、慌てて声を上げる。
手にした台本とにらめっこしていた二人が、ぱっと顔を上げてこちらを向いた。割り込んでごめんね、と前置きして本題に入る。

「読み練する前にね、ちょっとだけで良いから、堀が男役で鹿島が女の子役やってるの、見てみたい」

鹿島の女の子役、私は見たこと無い。ちょっとした掛け合いだけで良いから、普段見る機会が無いのも見てみたいなぁ、なんて。駄目かな。
パチパチと瞬きをしてこちらを見つめる鹿島の横で、堀が髪をかき上げ、

「あー、なら昔やってた劇の方が面白いな。今回のは姫と王子、そこまで掛け合いがねえし」

駆け足で部室の奥に引っ込む。えっ、わざわざ別のお芝居にしてくれるの。なんか申し訳ない。でも、ちょっと嬉しいなぁ。そこまで張り切ってくれるなんて。
暫くして、堀が台本を二部持って戻ってきた。片方を鹿島に渡し、パラパラと流し読みを始める。おお、なんか格好良い。

「あ、先輩この場面にしましょう。一番面白そう」
「よし。お前が姫な。俺この男の方やるから」

テキパキと役割分担を決めた二人は、ふっと真剣な顔つきになり、そのまま背筋を伸ばす。どうやら即興でやってくれるらしい。
静寂が訪れる。ピンと張り詰めた空気。私がお芝居する訳じゃないのに、心臓の音がいつもより大きく聞こえる。


「ごめんなさい、本当にごめんなさい……!」

鹿島の良く通る声で、室内の空気が一気に澄んだ。

「それでも私、あの人の元へ行かなくちゃならないの。貴方と別れるのは辛いけど……私には、あの人が……」

凄い。声音から仕草、表情まで、全部お姫様になってる。いつもの王子でも良いけれど、こういうお姫様って感じのも、引き込まれるくらい上手。
まだ未練を残しているかのような、それでいて他の人を慕っているような感じ。緊迫感溢れる展開に、開始数秒で心をグッと鷲掴みされたような感覚。

「嗚呼……そういう所も、昔と何ら変わりはしない」
「……!?」

柔らかい声が鼓膜を震わせると同時に、ぞわっと背中から全身にかけて、鳥肌が立った。
初めて見る堀の演技に感動する暇もなく。まるで、なかなか見つからなかったパズルの最後の1ピースを思いがけないところで拾ったような、死角から頭を殴られたかのような、今、まさにそんな感じ。
私、絶対に知ってる。この感覚、どこかで、

「君に一つだけ望むならば、こんな馬鹿な男がいたことを覚えておいて欲しい」

今確実に、私の世界は動きを止めた。


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