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果たせぬ約束




意識を失いつつある人間は重い。
手当をしようにも家まで連れて帰らなければならない。土御門を慎重に背負った。全身傷だらけの彼女には申し訳ないが、この安定しているとは言い難い形で我慢してもらうしかない。


さて。
ライダー撃退後、二人して暫くの間寝っ転がっていたわけなのだが、不意に土御門の体の力が抜けた。ぎゅっと握られていた服から手が離れる。不審に思って顔を覗き込むと、どうやら気を失ってしまったらしい。苦しそうに眉を寄せながら荒い息を吐いている。これでは事情を聞こうにも聞けず、とにかくどこかで安静にさせないと、と体を起こすと。
彼女の洋服、その腹部に真っ赤な血がこびりついていた。さぁっと顔から血の気が引く。

「悪い、土御門。緊急事態だから許してくれると助かる」

一言断ってから思うように動かない手で傷の様子を確かめる。土御門が私服だったのがせめてもの救いだった。制服だったらどうやって脱がせたものかと悩まなければならなかっただろうし。深く息を吐く。意を決して彼女の着ている服を少しだけ捲ると。

息を飲んだ。白い肌の至る所に青痣が。これをすべて今の戦闘中に付けられたのかと思うと、若干身震いする。それでも、腹には蹴りか何かを入れられた程度で、刃物で切られて真っ二つ、なんてことになってはいなかったことは不幸中の幸いってやつだ。俺だったらともかく、女の子である土御門がそんなんだったら笑えない。でも、それにしても酷すぎる。こんなの、たった数秒で負わされる怪我なのだろうか。

「そんなこと考えてる場合じゃない。今は、大量出血とかじゃなかったことを喜ばないと」

服についている血痕は土御門本人のものではないらしい。ぱっと見、彼女の怪我は擦り傷、切り傷と打撲が多いことから、かなりの流血沙汰になっているのは別の人間だろう。この様子だとサーヴァントに傷を負わせたとは考えにくいから、残る人間はマスターであるあいつくらいしかいない。


家に着いた。どのような道順でここまで戻ってきたか全く記憶にない。別にそんなにきつかったわけでもないような気になっているのは、きっと気が動転していたからだろう。そう、いくら土御門が細身だとはいえ、意識を失った人間は重いのだ。
両腕が塞がっているために、少々行儀は悪いが足で戸を開ける。がらがらがら、と普段より大きな音が響き、ああ帰ってきたのだと安堵する。背中に乗っている重みにも慣れてしまったし、このまま客間か何処かに連れて行こう、と考えて靴を乱暴に脱ぎ捨てたとき。

「衛宮くん?」

心底不思議そうな顔をした遠坂が歩いてきた。彼女の瞳が土御門をとらえた瞬間に今までにないくらいに顔色が変わる。嘘、と唇が動き、そのままきゅっと真一文字に結ばれる。

「士郎、私は手当の用意してから行くから。先にその子を寝かせてて」

こんな、悔しさを押し殺したような声で言われては誰も反論できまい。彼女の言葉に反論する理由もないし、元々遠坂に助力を乞おうとしていたので本当に助かる。俺では色々な理由で手当に支障が出る。少し服を捲るのでもあんなに手間取る俺では、土御門の傷の手当を冷静にすることは出来ない。遠坂に向かって無言で頷き、ちょうど空いていた客間まで搬送する。

ちょうど汚れても良い昔の布団が見つかったので、とりあえずその上に寝かせる。もう服の血痕は乾いてしまった。手足の切り傷も擦り傷も血が固まっている。まあ、ふかふかの布団に移動させるのは手当が終わってからで良いだろう。
その土御門は、先ほどに比べて比較的穏やかな寝息を立てている。傷だらけの彼女を前にして、遠坂はてきぱきと救急箱から道具を取り出しつつ、小さく小さく呟いた。

「……自分の身は自分で守れるって言ってた癖に。本当、バカね」

独白なのか、意識のない土御門に言い聞かせているのか、はたまた俺に零しているのか。その真意を図り兼ねたまま目を向けると、遠坂は薄く笑っていた。そのまま土御門のニットを捲って、悔しそうに顔を歪めても、その声音は変わらない。

「遠坂」
「いくら言ったって聞かないんだから。こっちの身にもなりなさいよ……」

そう。遠坂がいくら厳しく忠告したとしても、土御門はそのまま自分の態度を変えなかっただろう。何せ、自分がいくら倒れそうでも相手への攻撃の手を緩めないような少女である。
現に彼女は相手マスターに傷を負わせることに成功していた。
手際、肝の座った様子、敵を逃したことに対する悔恨。何を取っても、あの場が初陣だったとは思えない。

「無茶するつもりだったなら、最初から、あんな約束するなっての……」

遠坂が右手で土御門の髪を撫でる。その様子は仲の良い姉妹のようだ。消えそうなほど微かな独白は、聞こえなかったことにした。

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