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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

嘘だと願っても



がらりと乱暴に玄関を開ける。靴を脱ぐこともままならずに息を整えていると、居間の方から、何故か遠坂のお帰りという声が聞こえた。
知らなかった、家にきていたらしい。何か想定外の事態でも起きたのだろうか、いつもより声に張りがなかったように聞こえた。こちらとしても、わざわざ遠坂の家まで電話する手間が省けたので良かった。情報交換はスムーズにするに限る。

「なぁ遠坂。ちょっと聞きたいことがある」
「何よ、どうかしたの?」

ドタドタと慌てて家に上がってきた俺に、居間のテーブルでのんびりお茶をしている遠坂が声をかけてきた。おまけに、これ以上ないほどの不審な視線までもついてきた。

例え無意識であっても、仮にも憧れていた女子にそんな顔されたら、健全な一般男子高校生は傷つく。遠坂はそこのところをわかっていない。



無言でコップが差し出された。短く礼を言って口に含む。ごくごくと喉を鳴らして飲みすすめながら遠坂を横目で見ると、あいつは優雅に紅茶を飲んでいた。
香りに覚えがある。記憶が正しければ、戸棚の奥にしまっておいた頂き物の茶葉をだろう。うちの台所を勝手にあさくったのか。もはや文句は言うまい。今更気にすることでもない。

「土御門のことなんだけど」
「……衛宮くんって、あの子と知り合いだったかしら」

一瞬にして空気が一変した。言うまでもなく悪い方に。
遠坂の瞳が瞬時に細められ、鋭い光を帯びる。これだ。これが土御門と同じ。あの時向けられた視線は、これと同じ類のものだった。

「正直、少し聞きにくいんだが。あいつは慎二とプライベートで関わりがあったのか?」
「は?」

ぽかんと呆気に取られた間の抜けた表情になる。息苦しくなるような緊張感が、たちまち離散した。
いや待て。変なことを言ったつもりはない。頭の中で口にした言葉を反復しながら慌てて付け加える。

「いや、慎二と土御門って親交があるイメージがないからな。一応確認だ」
「そうね。仲良くはないんじゃない?慎二みたいなヤツのこと、得意だとは思えないけど」

それがどうしたと言わんばかりに遠坂が見上げてきた。

やはり隠し事は良くない。別に慎二に黙っているように言われたわけでもなし、協力関係になっているからには些細なことも伝えておいた方が良いだろう。

「今日、慎二に共闘の誘いを持ちかけられた。俺が断ったから、次にあいつは土御門に話を持ちかける気だ」
「それってこの話と関係ないじゃな……って、はぁっ?」
「遠坂。本当に、土御門はマスターじゃないんだな?」

お互いが唾を飲み込む音さえも聞こえそうな静寂の後。深い深い溜息をついて遠坂が顔をあげた。

「私の知っている限りは本当よ。聖杯戦争には関わらない方が良いって忠告もしたわ」
「そう、か」

遠坂が、さも当然のことのようにさらりと告げる。
回りくどいが、遠坂の言葉は、土御門は魔術師であると肯定したのと同意だ。
どうしても納得したくなかった。この前、階段でぶつかったあいつが、魔術師であると思いたくなかった。
理由はわからない。最早理屈でもないかもしれない。

「ちゃんと念を押しておいたから、大丈夫よ。聖杯には興味ないからって、あの子自身が言っていたし」

心の何処かで願っていた。土御門はこんなものに関係ないままでいて欲しい、と。魔術師同士の戦いなんて、知らない方が良いと。
そんなもの、そもそも前提から誤っていたのだ。あいつは正真正銘の魔術師で、第一声で遠坂から「へっぽこ」と称された俺とは違ったということだ。
彼女からしたら、俺のこんな望みなんて邪魔なのかもしれない。不要かもしれない。

それでも、彼女には関わって欲しくない。それが身勝手な願いだというのはわかっているが、譲るつもりはない。

「ライダーに襲われでもしたら、土御門は……」

半人前と称される俺だって、魔術師なんてものが前線でバリバリ戦う人種でない事を知っている。
あまり想像がつかないが、仮に彼女がこういう場に手慣れていたとしても、人智を超えたサーヴァントたちに太刀打ちできるものなのだろうか。
遠坂がからからと笑いながら紅茶を飲む。そんな姿すらも絵になるんだから恨めしい。

「ライダーって慎二のサーヴァントでしょ。あいつも馬鹿じゃないんだから、学校でそんなのをひけらかすなんて真似、しないわよ」

そう言われても納得いかない。自分が不貞腐れたような顔をしているのが自覚できる。
こちらの心情を全く意に介せず、にこやかなままの遠坂が机の上にカップを戻した。

「今日は衛宮くんが情報をたくさん持っているようだし。作戦会議の時間にしましょうか」




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