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拗れた運命論





土御門、そう掠れた声で名前を呼べば目の前の彼女はにっこり笑う。
ああ、夢幻の類ではないのだと。
本当に本当にここに居るのだと実感し、気付けば土御門の肩に手を伸ばしていた。当然と言えば当然だが二週間前とほぼ変わらない彼女の姿に、細い肩の感触に、穏やかな表情に、安堵すると共にすっかり目を奪われていた。

「ただいま、衛宮くん」
「ああ、おかえり。待ちくたびれたんだからな」

渡英する前にも同じようなやりとりをやったっけか。同じ言葉なのにも関わらず、その立場が逆転したのが面白い。考えることは同じなようで、二人同時に小さく吹き出した。
以前と同じように言葉を交わせられる、その事実だけでも充分幸せだ。

だけど。

「何ていうか。土御門は……狡い」
「ごめんね。だって衛宮くんに『行くな』って言われたら、そりゃあもう早く帰ってこなくちゃだし」

茶化すような声を聞いてられなくて、腕の中に彼女を閉じ込めた。迷いなく背中に回された土御門の腕が、力を抜いて預けられてる身体が、頼られているようで信頼されているようで堪らない。

「大好きなんだもん。逢いたいって思って当然でしょ?」

囁かれた言葉にくらり、頭の中が痺れて占拠されて理性のタガが緩んで消えて。

「それこそ俺のセリフだ、ばか」

するりと出た拗ねたような本音、誤魔化すように髪に口付けた。

◇ ◇ ◇

感動の再会ーーーというか、感極まって玄関に佇んで居ること数分。靴を履いたままの土御門が小さくくしゃみをしたことにより、ここが外と同様に寒い場所であるということに漸く気が付いた。

「すまん、ここが玄関だって忘れてた」
「良いよ。驚かせたのは私だし、衛宮くんの反応が予想以上で嬉しかったから」

その言い分には二、三物申したかったが、存外嬉しそうな顔をして居るものだから水を差すこともできずに閉口する。
とにかく、暖かい場所に行こう。冷え切って居る土御門にお茶の一つでも出さねば気が済まない。彼女の大きめのスーツケースを預かり、そのまま居間に向かう。

扉を開ければ、暖かさと共にお茶の匂いが鼻腔をくすぐる。
今日帰国するという事を知っていた全ての元凶、(要するに)俺を騙していた遠坂は座って緑茶を啜っていた。ほぼほぼ紅茶を飲む遠坂が紅茶じゃなくて緑茶をリクエストしたのも土御門が帰って来るから、そんな理由だったのか。今更気付く前兆に内心頭を抱える。
あかいあくまが俺の姿を見てにやりと笑った。参った、そう呟けば機嫌の良い猫のように目を細める。
ここ数日で一番遠坂が活き活きしている。多忙な毎日を送っていた遠坂だって、結局は土御門の帰国を楽しみにしていたんだろう。多分俺と同じくらいには。その証拠に、土御門に向き直った遠坂はびっくりするほど柔らかい表情を浮かべていた。

「牡丹、久しぶりね。予定より数日早かったじゃない。連絡来たときはびっくりしたわよ」
「うん、思ったより用事がすぐ済んじゃったからね。別にあっちに長居する必要なんてなかったし、何より驚いてる姿が見たかったし」

誰が、とは敢えて明言しないのは彼女たちの中で俺がそういう「反応で楽しむ・遊ぶ」対象だっていうことか。やられてるこっちとしては面白くも何ともないが、それを伝えたところで遠坂に勝てるとは到底思えない。何より、楽しそうな土御門が見られたから役得だと思うことにしておく。
言われてみれば、担任である藤ねえも転校するとかそんなことは言ってなかった。空港まで送ったときにはてっきり長いこと日本を離れるのだとばかり思っていたが、確かに土御門は「ほんのちょっとだけ待っててね」と言っていた。言葉そのままの意味で捉えていれば良かったのである。やられた。降参の意味を込めて土御門を見やれば、彼女は心底嬉しそうに笑みを零す。

とりあえず座るか。そう促して土御門にお茶でも出そうかと台所に向かおうとしたが、それに反して遠坂が湯呑みを置いて立ち上がる。

「積もる話はあるけれど、今日少し忙しいのよ。もう行かなくちゃ、向こうから厄介な奴らが来るのよね」
「確かにそんな事小耳に挟んだような。忙しい中ありがとう、遠坂。お土産と例のブツ、また明日にでも渡しにいくね」
「助かるわ、それじゃ」

例のブツ、というのは宝石とかイギリスで購入したであろう魔術関係の何かだろうか。わざわざそんな怪しい言い回しをしなくても。

ごゆっくり。意地悪な響きの言葉と共に歯をみせる遠坂、嬉しそうな顔の彼女にだってしてやられてばかりだ。「余計なお世話だ」すれ違いざま唸るように呟けば、あかいあくまが楽しそうに口角を上げた。足早に去っていく背中に悪態を吐く。ちくしょう、いつまで経っても勝てっこない。


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