どういう関係性かと問われると、恐らく返答に困ってしまう。二回キスをした、そう言ってしまえばそれだけであり、それが何を意味するのか/しているのかは酷く曖昧だ。 好きだって言った、それだけで何かが変わるわけではない。彼女がどうしたいのか、俺自身がどうしたいのか。それが曖昧ではっきりしない以上、答えなんて見つかりっこないのだ。 ◇ ◇ ◇ 土御門が渡英して二週間、今は学校も春休みである。聖杯戦争の後片付けとかで魔術教会の人間と日々対峙している遠坂は毎日のようにあっちに行ったりこっちに行ったりと慌ただしく、最近は夕飯を食いにきてもグッタリしていることが多い。それでも優等生らしく、藤ねえや桜が来た時には気丈に振る舞うのだが、その二人が居なくなった途端に空気が抜けたかのように萎れてしまう。 今日も今日とて珍しく昼間に来たと思ったら、居間で茶を啜り、今にも横になりそうな雰囲気だ。 「大丈夫か、遠坂」 「平気か平気じゃないかって言われたら平気じゃないわよ。でも、これは当主としての責務だし、手を抜くわけにはいかないわ」 心配してくれてありがと、そう殊勝に言葉を返す遠坂なんて滅多に見られないものだろう。手伝おうにも、遠坂家の当主たる彼女の仕事が俺に務まるとも思えないし、遠坂だってそんなこと考えてもいないに違いない。物事には適材適所というものがあり、遠坂のやるべきことがそれなら、俺のやるべきことはきっといつも通り過ごして稀にやって来る遠坂に食事を提供すること……なのだろうか。 いや、流石にそれは違うだろ。春休みで思考回路が飛んでしまったのか。そう自分に突っ込んだところで、伸びをした遠坂と目が合う。 「あ、そうだ。暫くしたらもう一人来るから。湯呑みもう一つ用意しておいて、衛宮くん」 「あのなあ。ここは待ち合わせ場所じゃないんだぞ」 「それくらいわかってるわよ」 俺は遠坂のサーヴァントか。そう返したところで「あら。今更何を言ってるの?」とかなんとか言われて脱力するのがオチだろう。口答えする前に一人でに動く自分の身体は、遠坂に上手いこと教育されてるとしか思えない。 ◇ ◇ ◇ こうやって悩んでいても仕方ない。無駄な時間を過ごすくらいなら掃除をしよう、そう思い立って家中の部屋の戸を開けて回る。たまには換気しないと埃っぽくなりそうだ。 「あ。布団、出しっ放しだったか」 久方振りに足を踏み入れた、土御門が暫く寝泊まりしていた部屋。綺麗に畳まれた布団一式だけがポツンとそこにある。たったそれだけのことなのに、言い様のない虚無感に苛まれるものだから相当重症だ。 会いたい、触れたい、すぐそこに居るだけでいいのに。それすら出来ない、縮められない距離が寂しい。 口にしようものなら格好つかない、なんとも情けない感情を持て余す。布団を干そうと抱えたところで、 「あれ。こんなもん、あったっけ」 部屋の隅にあった布団と、押入れの間に小さなポーチを見つけた。シンプルなデザインのそれは、確か以前土御門が手にしていたのを見たことがあったような。 忘れ物、本当にしてたんじゃないか。一人小さく吹き出す姿は、側から見れば滑稽だろう。それでも、土御門がいたという事実が夢まぼろしではなかったと実感して、少しだけ救われたような心地である。 その上、普段はしっかりしている彼女の抜けているところを垣間見れたのが嬉しいと思うなんて我ながら単純だ。 あ。そうだ、俺もイギリスに行こう。 彼女が行くなら、守りたいのなら。側にいたいのならば。求めるだけじゃなくて自分から近付けばいい、そんな簡単で単純なことだ。 そうだ、何故今迄気がつかなかったのか。引き止めるだけ引き止めて、自分が付いて行くという選択肢が存在していなかった。そうすれば全て解決する。英語が話せないのなら勉強すれば良い。隣に立つ資格がないと言われたのなら、ただなりふり構わず足掻いて手を伸ばせばいい、それだけのこと。 だって、俺の夢は何処でだって追いかけられる。場所なんて関係ない。 それならば、少しでも彼女のそばで。土御門を守るのは、俺が奴に/全てに誓った……。 そうと決まれば行動あるのみ。取り敢えず行こう。着いてから考えたって遅くはないはずだ。 旅行鞄は何処にやったっけ。昔切嗣(爺さん)が使ってたのは古くてもう使えないだろうか。頭の中で算段をしていたところで、 ーーーピンポーン。 鳴り響くチャイムの音に思案が途切れる。 あ、もしやこれは遠坂を訪ねて来るとかいう来客か。わざわざ待ち合わせ場所にここを指定したってことは、きっと俺の面識のある人間だろう。誰だ。遠坂と休日に会うとなれば美綴か?他に家を知っている人間なんて、それこそ藤ねえや桜、一成とかしか居ないだろうが。 部屋の片付けは一旦後回しだ。土御門のものと思わしきポーチを机の上に置き、まだ寒さの残る廊下を早足で進む。玄関に続く廊下の途中、居間を除けば遠坂の姿。玄関に向かうでもなく、遠坂はのんびり茶を淹れる準備をしていた。 何してるんだ、遠坂の客だろ。言いたい台詞は喉のあたりで止めて呑み込む。 「遠坂、お前に客だろ?」 「あ、来た来た。士郎、ちょっと出てくれない?」 「……はいはい」 何だって俺が遠坂の客人をもてなさなければならないんだ。せめて、誰が来るかくらい言えばいいってのに。珍しく上機嫌な遠坂を一瞥し、大人しく居間を出る。 文句を言ったって無駄な足掻きだと理解している。無意識に身体はまっすぐ玄関に向かっているから笑えない。 ピンポーン、再び呼び鈴が鳴る。こちらにどんな事情があれど、こんな寒い日に客人を待たせるのは申し訳ない。気持ち急ぎつつ冷たい床を蹴り、玄関が見えたところで声を張り上げる。 「はーい。鍵は開いてるから入ってく、れ……」 返事とともにゆっくり丁寧に開けられる扉。客人に投げかける予定だった台詞は尻すぼみで声が届いたかどうかわからない。 「え……」 一瞬、目の錯覚かと思った。あまりにも焦がれるものだから幻覚なのかと。 「えっと。久しぶりだね、衛宮くん」 「ーーーあ、」 これまた丁寧に扉を閉め、こちらを向き直り小首を傾げる姿は記憶に残るものと寸分違わぬものだった。 言いたいことは山のようにあるけれど、喉のあたりでぐちゃぐちゃになって、上手く発することができない。 「やっぱり、逢いたかったの。衛宮くんに逢いたくなって堪んなくなっちゃって。早く帰って来ちゃった」 照れたようにはにかみ立っていたのは、世界でいちばん逢いたかった彼女だった。 [*前] | [次#] [戻る] |