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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

このまま二人で天国まで行こうか





見送りに来て欲しいな、そう遠慮がちに土御門に言われちゃ行くしかない。言われなくても行くつもりだった、そんな本音は心の中にしまいこんで空港まで付いてきた。

「大丈夫か、もうそろそろ時間じゃないのか?」
「うーん、もうちょっと平気かも」

「ご馳走さま。美味しかったよ、衛宮くん」そう口にする彼女は至って普段通りだ。ロビー内に備え付けてあるベンチに座って、おやつ代わりのサンドイッチ(因みにこれは俺が朝作って持って来たものである)を一心不乱に頬張っていた土御門が、ペットボトルのお茶を一口飲んで息を吐いた。以前から思っていたが、ご飯を食べる時の土御門はいつもの二割増しで無防備な顔になる。揶揄うつもりでそれを本人に伝えようと口を開いたものの、「お手製の美味しい料理が暫く食べられなくなるのは堪えるなぁ。私、衛宮くんに胃袋つかまれちゃってるもん」なんて屈託のない笑顔を向けられたら敵わない。それこそ、俺としては土御門の表情に日々やられているようなものだ。結局お互い様ってことなんだろうが、それを言葉にしたら負けな気がして口を噤む。
空っぽになった弁当箱を丁寧に片付け、お礼と共にこちらに差し出してくる彼女を見られなくなるの、こっちだって辛いんだ。照れ臭いから、幻滅されたくないから口に出さずとも気付いてほしい。そんなことを求めてしまうのは男のエゴってものか。

「あのね、衛宮くん」
「なんだ?」
「こんなこと言ったってしょうがないかもしれないけど。
何度も何度も心折れちゃって、どうしようもなくて何にも見えなくなってた私に。いつも手を伸ばしてくれて、ありがとう」

それこそ、今更だ。俺がやったのはただの我儘で、寧ろ助けられたのはこっちの方だってのに。こうも大袈裟に感謝されるとくすぐったい。
それなのに、土御門の表情は数日ぶりに見る真剣な顔だった。グッと力の入っている目元に吸い寄せられる視線、思い出すのは幾度も脳裏を掠めた記憶。
そうだ。想定外の出来事ばかりで考える暇などなかった、これは、

「私、今度こそ助けられたかな、君のこと」
「土御門。それって……」
「ーーーごめんね。言いたかっただけなの。ほんとに、それだけ」

困ったように眉を寄せる、そんな顔を目に焼き付けて、過ぎ去った怒涛の日々に想いを寄せた。
俺が未熟なせいで不甲斐ないが、未だ理解していないことがある、知らなくてはならないことがある。そんな予感がしながらも、今の俺に出来るのは、ここに居る彼女に手を伸ばすことのみだった。

「あのな、土御門。これだけ言わせてくれ」
「?うん」

こんなのを言うのは格好悪いことこの上ないが、それでも言わないとやってられない。きっと、みっともなくたって幻滅されたって今更だ。なりふり構わず、どうしても彼女に伝えたいことがある。
やっぱり、肝心なことを言えないまま別れを告げるなんて、そんなことではダメなんだ。
だって、そうやって何かを望んで良い、そう知った。がむしゃらに足掻いて手を伸ばして求めて。決まっていたはずの運命から守り抜いたのは、これからもずっと守り抜きたいと思うただ一人の女の子は、他ならぬ彼女なのだから。

「これ、本音じゃなくて、そのーーー」

行かないでくれ、土御門。

言い訳じみている前置きの後、呆気なく口を突いて出たのはオブラートに包んでそれとなく伝えるはずだった情けない心の内だった。
はっと我に帰った時には既に遅く。土御門は目を丸くしたまま硬直している。こんなつもりじゃなかった。ただ、少しでも早く帰って来てほしい。そんなちっぽけな願望を言うだけのつもりだった。

「すまん、土御門、今のは……!」

口から溢れ出てしまった台詞は取り消すことが出来ない。咄嗟に紡いだ取り繕うような言葉は、

「あのね、不謹慎なんだけどね。ほんとはちょこっとだけ待ってたんだ、それ」
「え?」

自分が止めるなって言ったくせにね、ほんと困っちゃうよ。笑い声混じりにそう続けた土御門の、心底嬉しそうな緩んだ表情から目が離せない。

「私だって、手放したくないものがいっぱいあるよ。やっとここまで来れたんだもん。絶対、離してなんかあげないから、君のこと」

覚悟してね、そんな決意を強調するようにきゅっと掴まれた右手が熱い。強気な発言に反して彼女の柔らかな手は僅かに震えていて、緊張していたのは自分だけではないと、余裕そうに見えて土御門もいっぱいいっぱいなのだと痛感した。

「だから、ほんのちょっとだけ待ってて」
「そんなの、こっちのセリフだ、ばか」

だから、安心した。遠くに居るようだった土御門が、自分の手の届く範囲にいるのだと。少しずつ互いに歩み寄っていけるのだから、こうやって甘酸っぱい行動に翻弄されるのだって悪くない。

「よし、充電完了」そう呟いて握っていた俺の手を離した土御門が、ふと時計を見て困ったように溜息をついた。

「あーあ。もう行かなくちゃ」
「行ってらっしゃい、土御門。気を付けろよ」
「ありがと、衛宮くんもね」

交わす言葉はごく普通の挨拶、こんな時だってのに気の利いたことが言えない自分が情けない。彼女と出逢うまでには何かとハプニングがつきものだったのに、別れってのはこんなにも呆気ないのか。
それでも、気分はさっきより幾分か晴れやかだった。離してなんかあげない、そんな可愛い殺し文句を言われちゃこれ以上の我儘だって言いようがない。

コートの裾を翻して、大きめのスーツケースを持って、土御門がゆっくり進んでいく。
と、数メートル進んだところで、慌てたようにこちらにとんぼ返りしてきた。なんだ、忘れ物でもしたのか。

ぱたぱたと軽い足音を立てて戻ってくる彼女に一歩を踏み出したところで、

「土御門?」

伸びてきた土御門の手が俺の首に回され、その勢いのまま、彼女の背丈に合わせて背中を丸める。あれ、土御門ってこんなに背が小さかったっけ。そんな間抜けな感想を抱いたところで、

「あのね。私ね、」

大好きだよ、衛宮くん。

少しだけ背伸びをして、耳元で囁く彼女の吐息がくすぐったい。全神経が耳に集中し、一拍おいて頬に熱が集まった。

「な……!」
「ちゃんと言わないのはフェアじゃないと思ったから、それだけ!」

それは、あんなにも望んだ/焦がれた一言。
ああ、もう。不意打ちなんて卑怯だ。言い逃げなんてもっともっと狡い。
こんなの俺の負けだ、どうひっくり返したって彼女には絶対に勝てやしない。

「……そんなこと言われて暫く会えなくなるってのは、中々堪えるんだからな」

呟いた負け惜しみですら、なんとなく心地よい響きだから困ったものだ。
駆けていく小さな背中が見えなくなるまで見守りながら、いつ帰ってくるものかと気の早いことを考えた。

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