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「#幼馴染」のBL小説を読む
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一撃でココを射止めて













ついでと言って仕舞えばそれまでだが、聖杯戦争の後始末にやってきた魔術協会の連中によって、満身創痍である土御門に病院が手配された。思ったよりも体調は芳しく、安静させる期間も含め大体一週間くらいの入院で済むらしい。するべきことが終わったらすぐ退院させるといったような感じでなく、絶対安静を彼女に守らせるために入院期間を延長しているのは、割と(値段が)良い病院だからなのか案外世話焼きな遠坂の配慮なのか。

というのも、うちで休んでいた土御門を遠坂が彼女の自宅に送り届けた後、いつの間にやらトントン拍子で話は進んでいた模様だ。俺が土御門の入院を知ったのも彼女が明日にも退院する日であったのだから、なにもできなかった自分が情けないやら寂しいやらで。
今日に至るまでに幾度か、自宅まで土御門の様子を見に行こうとしたら遠坂に手荒に妨害されたが、まさか入院しているといった事態だとは知らなかった。
あかいあくまこと遠坂曰く「だって士郎には絶対に言うなって念押しされたんだもの。昔馴染みだし、それくらいは叶えてあげなくちゃいけないでしょ。……まあ、守れば今度仕入れる宝石を格安で譲ってくれるとか言われたけど、それとは関係ないわ」だそう。恐らくは後者の理由が遠坂の心にクリティカルヒットしたのだろうが、そんな命知らずな指摘の言葉は言えなかった。

そんな大ごとになった土御門とは対照的に、俺の身体の調子はと言うと、風呂に入る時に水が傷がしみてズキズキと痛むが日常生活を送るのには支障がない。思いのほか丈夫にできている自分の体躯に感謝した。なんだかんだで無茶にも耐えてくれて何よりである。
しかしながら、無我夢中で駆け抜けて一刻も早くと戻ってきたにもかかわらず、土御門とは顔すら合わせることができていない。「待ってるから、絶対帰ってきてね」その言葉通りに帰ってきたのに、会えないなんてそんなもん、反則だ。彼女が入院したのは不可抗力ではあるのだとは理解しているが、それでも……。




結局、碌に会えもしないまま数日経った。土御門が学校に登校してくる、と遠坂伝いに聞いたその日。逸る気持ちを必死に抑えつつも普段より30分は早く学校に着いてしまった。

「やっぱ、誰もいないか……」

土御門は案外朝に強い方だと言うのは知っていた。あり得ないけどもしかしたら、そんな淡い期待を胸に抱いて踏み込んだ教室には、誰の姿もなかった。冬真っ只中である2月なのに開けっ放しの窓、朝の冷たい風に揺れるカーテン、閑散とした学び舎。まさか退院明けの登校初日まで早く登校するとは思ってはいなかったが、存外寂しい部屋の様子に少しだけ気落ちする。

それにしても、朝練の部活生すらいないような時間である。教師である藤ねえすら学校にいるとは思えない(寝坊している可能性が高い、というのはこの際置いておく)ような時間なのに、廊下や玄関のような場所ならともかく、ここの教室の窓だけが開いているとは珍しい。昨日最後にここを出たやつが閉め忘れたか、はたまた事務員が開けたのか、それとも……。
空気の入れ替えをすることは悪いことではないが、こんなに冷え切った空間である、もう充分に循環しているだろう。肌を刺すような寒さから解放されたくて、不自然に開かれた窓に手をかける、と。

「……おはよ、衛宮くん」
「な……!」

そこに居たのは、待ち焦がれていた彼女の姿だった。

窓枠に乗せられた両脚が、柔らかに細められた瞳が、悪戯が成功したような満面の笑みが朝から目に毒だーーーじゃ、なくて……!

「土御門!お前……!」
「うーん。久し振りとか、お疲れさまとか。たくさん言いたいことはあるけどね」

とん、軽い音を立てて床に降り立った土御門は一瞬だけ目を伏せる。ふわり、風に乗ってどこからともなく甘い香りがしたような気がした。

「おかえり。私のもとに帰って来てくれて、ありがと」

朝日を反射した彼女の瞳が、俺を捉えて離さない。当たり前だろ、そんな気の利かないありきたりな言葉しか思い浮かばない。

何故入院していたことを黙っていたのかとか、体の調子はどうだとか。それこそ口にしたかったことなんて山ほどあるのだが、頭の中を整理しきれない。混乱する理性をよそに無意識のうちに土御門の方に手を伸ばし触れようとして、「あのね、衛宮くん」突然続けられた彼女のセリフに、情けなくも肩が震えた。

「私、一週間後にイギリスに発つんだ」

なんだそれ。俺、そんなこと聞いてないぞ。

今この瞬間、世界の誰よりも近くにいる、数センチ動かせば触れられる距離に土御門が居るはずなのに。目の前十数センチメートル先、真正面から向き合う彼女が誰よりも遠く感じた。

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