「そんなの、こっちの台詞だろ……」 空っぽの頭から絞り出した声は、思っているより震えていた。 「今まで土御門は……何度も傷付くのを顧みずに身体を投げうってきて、俺はずっと守られてばかりで」 弱いところを見せるのをひどく嫌っている上に変なところで器用な土御門に騙されて、危うく気が付かないところだった。その結果が幾度も繰り返した、あの悪夢のような、経験していないはずの/忘れられない記憶の数々で。 普通の女の子と何ら変わらない彼女に怪我をさせてしまう自分が情けなくて、同時に一番近くで見ていた真っ直ぐな眼差しが綺麗だと見惚れて。 誰よりも強くて、誰よりも遠い彼女。身の程知らずだと思いつつも、どうしても手を伸ばしたいと、手に入れたいと焦がれて。 「お前が傷付くのが嫌だって、好きな女の子を守りたいって、そう思うに決まってるだろ!」 「え……」 何度痛々しい姿を目に焼き付けたと思っているのか。もう、あんな無力な自分を悔いるような思いは懲り懲りだ。 僅かに潤んだ瞳が真っ直ぐにこちらを向いた。ぽかん、呆気に取られた土御門の表情は瞬く間に険しくなる。 「違うよ……衛宮くんはただ、強迫観念に駆られてるだけ」 目の前にたまたま私がいたから、助けようとしてくれただけだよ。衛宮くんは優しいから、誰がいたって同じことをするし、きっと、同じことを思うから。 そう呟いて土御門は顔を歪めた。 認めるわけにはいかないという風にかぶりを振って、それに反して袖口を握り締める力は強くなっていく。 「んなわけ……!」 「だって!」 押し殺すような悲痛な声に、彼女を支えている手が一瞬震えた。 「だって、私が……私なんかが、そんな風に思ってもらえるわけ、ないもん……!」 ああ、ただ知らなかっただけなのか。 きっと彼女の中での自己評価はどこまでも低くて、誰かを大事にすることは出来ても、誰かに大切にされることには考えが至っていなかったに違いない。 ボロボロと、まるで子供のように大粒の涙を零す彼女を目の当たりにして、何があろうとも手離すまいと固く誓った。なりふり構わず細い肩に手を伸ばし、そのままの勢いで抱き締める。 鼻腔をくすぐる甘い香りも、両腕にすっぽりと収まってしまう肢体も、肩口に感じる戸惑ったような息遣いも、全て自分のものにしたいと思うのは、紛れもなくーーー。 「一生懸命身体を張って何度も何度も助けてくれて。そのうえ見栄っ張りで、すぐに無茶して怪我ばっかして。え、笑顔が……とびっきり可愛く、てーーーそんなの、好きになるに決まってる……!」 「……それ、は……」 身を硬くしたまま息を呑んだ、そんな彼女に応えるように両手に力を込め、 「くそ、だからっ……だから!土御門が特別だって言ってんだ、ばか」 無我夢中で、その小さな唇に噛み付いた。 漸くここまで辿り着いた。 過ぎ去ったいつかの未来/過去に、彼女が言い張った台詞がフラッシュバックする。 『ーーー君が私のものになってくれるのなら、私も君のものになってあげるよ。そういうことでしょ、ね?』 そう言った彼女は、背中を向けてひとりで消えてしまったけれど。 『私が君に生きる意味をあげるから、衛宮くんのことを引っ張ってあげるから。だから、君は私のことを守ってよ』 俺にそう念押しした彼女は、身代わりとなってバーサーカーに向かっていってしまったけれど。 今度こそ、この世の全てから守るために。 惜しむようにゆっくりゆっくり唇を離すと、荒い息遣いで真っ赤になった土御門がそこにいた。 離れた彼女のそこに、もう一度触れたいというどうしようもない思いを押しとどめて、熱を持った頬を少し撫でる。ぴくり、擽ったそうに震える様子はいつまでも見ていられそうだ。 「だから、待ってろ」 腹はとうの昔に括った。覚悟は決めている。 今度は俺の番だから。 戦う理由はひとつだけ。 大好きな女の子を救いたいと思うことが、それこそ間違っているはずなんてない。 「……待ってるから、」 「絶対、帰ってきてね」 ああ、その一言だけで、きっと過去(みらい)は報われた。 [*前] | [次#] [戻る] |