遠坂の手当ての甲斐もあり、土御門は部屋で穏やかに眠っているらしい。 眠っているであろう土御門の部屋に一人で入るのは少々抵抗があったが、躊躇っている時間すら惜しかった。これから、事情を全て洗いざらい伝えた遠坂とセイバーと共に柳洞寺に向かう手筈となっている。あまり時間は割けない。 これが、最初で最後だから。そう自分で自分に言い訳して、申し訳程度に小さくノックをしてから戸を開ける。 きっと、知らないうちに寝顔を見られるのは気持ちの良いものではないだろう。後ろめたく思いながらも、小さく寝息を立てる彼女の顔から目を離せなかった。 「……俺、自分勝手だからさ。もう、お前が目の前で傷付くのを見るのは嫌なんだ」 引き留めて貰いたいわけじゃない。今更考えを変えるつもりだってない。ただ、自分なりにケジメをつけてから行きたかった、それだけ。 それに、誰よりも守りたいと思う女の子を一目見たいと考えるのはきっと、変なことではないはずだ。 無数の擦り傷が目立つ彼女の頬は暗闇の中でだって眩しくて、布団から少しだけ覗く指先も自分のものと比べれば小さくて。 ーーー無意識のうちに指を絡めていた。 その温かさだけで救われたような気分になるのだから、もう彼女には敵わない。 一瞬とも永遠とも思える間、柔らかな手の感触を確かめた後、二、三度握って彼女の左手を離す。 「ごめんな」 この小さな手が、他の誰かのものになりませんように。なんて、思うのは馬鹿げているだろうか。 「……そこで謝るのは卑怯、かも」 「え……」 みっともなく肩が跳ねた。 鼓膜を振動させたのは、聞きたいと焦がれると同時に決心が鈍りそうで聞くまいとしていた、少し掠れた彼女の声。 気がつくと、誰よりも意志の強い瞳がこちらを射抜いていた。 「……ずるいよ、衛宮くん。私が起きなかったら、このまま行くつもりだっただったんでしょ」 ゆるゆると自力で布団から上体は起こしたけれども、それだけで肩を上下させている姿は見るに耐えない。それでも、私も行くからと言わんばかりの土御門の表情から目を逸らせなかった。 「置いてかれるのは嫌いなの、役立たずって言われてるみたいで……こわくて」 どこか危なっかしく揺れる土御門の身体を支える。それでいて、遠慮がちにぎゅっと握られた服の袖が、たまらなく愛おしい。 「土御門」 思わず零した彼女の名前を呼ぶ声は、自分でもわかるくらいに柔らかなものだった。 聞こえているのかいないのか、僅かに下を向いた彼女の顔を、さらりと前髪が隠していく。 「……全ては君のために強くなろうと決めたのに、やっぱり私じゃダメなのかな……」 それは俺に向けられたのか独白なのか。 泣き出しそうな、震えた声に思考回路がショートしかける。 「俺のため、って……」 身体中の全ての感覚を彼女の発する言葉に向けて。 どくり、何故か血の流れる感覚が妙にリアルだった。 「大好きな人を隣で守りたいって思うのって、間違ってる?」 それは、 今までのどんな台詞よりも甘美な響きを持っていて、 「……っ」 頭の中が真っ白になった。 [*前] | [次#] [戻る] |