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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

叡智は我に道標を



例えるならば、互いの次の手を読んでいる間合いだとか、そんなものだろう。言葉の応酬が不意に途切れて、教会の中に沈黙が発生したその時。

「ほう?我に手を出すなと言っておきながら性急だな、コトミネ」
「は……」
「言峰、貴様……!」

驚きが混じった吐息は誰のものだったのか。目の前に顕現したサーヴァントに目を奪われ、そんな単純なことを探ることすらできやしない。
煩い心臓の鼓動と、同じところをぐるぐる回る思考と、ピタリと接着剤で床に固定されたかのように動きやしない両足。普段の数倍の力を入れてかろうじて動いた腕の先が、やっとのことで土御門の服の裾を掴んだ。

「ごめん……ごめんね、衛宮くん」

一体何に対しての謝罪であるのか。咄嗟で意味を噛み砕く余裕すらなかった。

意図を追求する間も与えられず、彼女の手は遠くに離れて行く。目の前数十センチメートルの土御門との距離が、まるで次元が違うもののように思えた。

「……ッ!」

何をしている。
考えろ。とにかく考えろ。わからないのなら頭を動かせ、敵わないのであれば策を練る他ない。不安に思うのなら、それを払拭するような「何か」を手に入れなければ。
こういう事態になることを想定していたからこそ、彼女が自分の手の届く範囲にいて欲しいからこそ、もう二度と喪失感に苛まれるような結果にしたくないからこそこの場に立っている。

この身は彼女の為に、そう言ったって過言ではない。どれほど無謀だったって立ち止まらない。自分の身を顧みずに俺を庇って血を流した土御門を見ているだけなんて赦されるはずがないのだから。
小さな身体で物怖じせずにサーヴァントに対峙する、常に一歩先を行く彼女を、俺が守らずに他の誰が守るんだ。

幾度も全てを背負っていった彼女が―――この世界で、いつまでも笑えるように。
そして、その隣に俺が居れば、それは……。





誰も言葉を発しない。それが当然であるかのように。
誰も身動きを取ることができない。それがトリガーになると理解しているからだ。指の一本でも奴に向けようならば、宝具で串刺しにされると身を以て知っている。

ジリ、数ミリ沈んだのはランサーの膝だったか。まさに猛犬とばかりの殺気を、正面から受け止めても言峰の表情は変わらない。言峰を射抜かんばかり槍兵の気迫、尋常じゃないことは一目瞭然だ。言峰の側に佇む金髪のサーヴァント、俺たちの前にいる今まで戦ってきたランサー。それが意味することは、

まるで、彼はこの金髪のサーヴァントを(若しくは彼らの協力体制をも)知らなかったかのような。




だから、
言峰が槍兵に引導を渡したという事実も、
ランサーが槍を構えて飛び出したのも、
土御門がゆっくり唇を動かしていたことも、
金色のサーヴァントがパチンと指を鳴らしたのも、全てが一瞬で。

自分が土御門の腕に手を伸ばしたのは、きっと無意識のことだろう、と。

「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」
「―――ッ!」

金色のサーヴァントの背後から光とともに見憶えのある無数の武器が現れる。言峰に襲い掛かろうとしたランサーが、足止めをくらい防戦に徹したのを視界に捉え、棒となっていた足に血が巡った。

ぐっと力を込めて握った彼女の手首は、触れてゾッとするくらいに冷たいものだった。
血の気が引いているのも当然だ。言峰の黒鍵に刺された傷跡を手当てすらしないまま、彼女はまだ気丈に立っているのだから。

「土御門……!」
「Sciath(障壁)―――!」
「チィッ」

土御門の詠唱に伴い、薄暗い教会の中、床に刻み込まれたであろう魔法陣のような図形が僅かに発光する。無数の宝具を防いでいるランサーが、こちらを見て思いっきり顔をしかめた。
ノータイムで二メートルほどの半透明のシールドが顕現し、まっすぐに投射される武器の数々が弾かれていく。それを見て金髪のサーヴァントが苛ついたように声を上げた。

「チッ、調子に乗るなよ小娘!」
「こんなの!正当防衛に、決まってるでしょ……!」

パリ、呆気なく障壁が破られる。土御門の足がほんの少しだけ後退したのを認識して身体が勝手に動き出した。

「投影、開始―――!」

腕を思いっきり引いて、土御門の前に躍り出る。手にした双剣をがむしゃらに動かし、迫り来る武器を叩きのめす。
刃が腕を掠った、斧が足の横擦れ擦れに突き刺さった、ドロリと赤い血が伝った、そんなのどうだっていい。後ろの土御門に何も起きていなければ関係ない。

「え、みやくん……」

不機嫌そうな面を隠そうともしない金色のサーヴァントが、一旦攻撃を打ち切った。その隣の言峰の表情は変わらない。
ぐるんと槍を回転させたランサーが、にいっと歯を見せて笑った。この場に相応しくないほどのカラッとした笑顔だった。

「俺の見込みは間違っちゃいなかったってワケだ。見る目あるじゃねえか、ボウズ。こんな事態じゃなけりゃ、そこのお嬢ちゃんも俺のマスターにしてぇもんだ」
「やらないぞ。―――土御門だけは譲れない」
「そうかい。ま、そうだろうよ」

「早く行け、ボウズ。ここは俺が引き受けてやる」

行けって何処に。間抜けにも一瞬そう思ってしまった。

「でも」

それじゃ、ランサーは……。
知るはずもないが判る。ランサーは、あの金色のサーヴァントには勝てない。
言わんとしたことがわかったのか、機嫌悪そうにランサーが目を細める。

「ごちゃごちゃ煩えな、ちったぁ腹ァ括れや。……馴れ合いなんてゴメンだ、なぁお嬢ちゃん」
「……勿論だよ」

さっさと行け、そう言ってランサーは背中を向ける。

―――柳洞寺で待っているぞ、衛宮士郎。

教会を飛び出す寸前に投げかけられた、言峰の言葉には意図が見えない。

いつの間にか隣に来ていた彼女が痛いほどに服の裾を握り締めていたことには、気がつかなかったふりをした。

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