土御門は教会に着くまで、ずっと押し黙ったままだった。唯一繋がっている右手だけが熱を持って仕方がなくて、こんな時だってのに手汗をかいている。時折掌が強く握られる。答えるようにほんの少しだけ力を込めると、気の所為か彼女の肩の力が微妙に抜けたように思えた。 夜の教会っていうのは特有の雰囲気を持っている。真っ黒の夜空の下、中の明かりが漏れてぼんやりと存在感を発揮する建物。人っ子ひとりいないため足音がどこまでも響く。 薄気味悪い空間にたじろぐ間も無く歩みを進め、扉の前に辿り着いた時に土御門の手が離れていった。名残惜しいなんて思うもんか。土御門の手の感触が抜けないなんて、今考えることじゃないだろ、俺。 きいきい軋む扉をゆっくり押していけば、広い空間、眩しいほどの照明、そしてぶわりと頬を撫でる生温い風。 以前ここに来た時と何ら変わらない。目の前には記憶の通り、死んだような目をした長身の神父が出迎えるように立っていた。 「これは珍しい。いや、あれほど私を毛嫌いしていた貴様と顔を合わせるとは思っていなかったのでね」 一瞬、自分に言われたのかと思った。条件反射で強張った筋肉。言葉を投げかけようとやっとの事で動かした唇が音を紡ぐ前に、神父は土御門に視線を向けていた。 「良く来たな、土御門牡丹。死ぬまで教会に来る事はないと言っていたが」 「別に。念のため来ただけ」 つっけんどんな口振りで言い放つ。ぶすっと膨れて、いかにも嫌いな人ですと主張しているようなわかりやすい表情。こんな所は案外子供っぽい。 確か、いつだったか遠坂が話していたのを思い出す。建物が半壊する可能性があるくらいには、土御門と言峰の相性は悪い。 今ならそのセリフの真意がわかる。どっちかっていうと土御門の方が毛嫌いしていて、それが沸点に達したら爆発しそうだ。普段抑えている分、外に出したら一気にいくに違いない。教会が半壊するのも、あながちあり得ない話ではないかもしれない。 「土御門、」 「うん。私が遠坂みたいに甘いとは思わないことだよ。貴方のサーヴァントに目星はつけているんだから」 何を言っているのかが理解できなかった。 エキサイトしている土御門を宥めようとか、話を本筋に持っていきたいとか、考えていたこと全てが吹っ飛んだ。 今、彼女は何を言った。記憶に残ったフレーズを何回も何回も頭の中で反復し、ようやく数回目でその内容を把握する。 この聖杯戦争の監督者である言峰が、サーヴァントを従えている。確かに土御門はそう言った。 そんなの初耳だ。監督者がサーヴァントを使役することは可能なのか。だったら、何故。 「ほう?」 「だってそうでしょ?自分のサーヴァントが、他の陣営に手助けをしているフリーランスの魔術師を見つけたら。その上、その女が満身創痍で隙だらけだったらどうする?」 頭がついていかない。 フリーランスの魔術師、それが彼女自身のことを示しているのは判った。 だが、彼女は一体いつの出来事のことを話しているのか。それが判らない。 土御門が満身創痍でサーヴァントと対峙したことなんてあっただろうか。 「―――私だったら殺すよ」 ナイフのような鋭利な声音が、ぐさりと胸に突き刺さる。 思い出せ。いつだったか、土御門の様子がおかしかった時があったはずだ。 「でも、そのサーヴァントはそうしなかった。おかしいよね。一度衛宮くんを殺した癖に、その彼に加担している私を見逃して、この瞬間まで何もしないなんて。マスターの指示がない限り、こんなのあり得ないんだよね」 湧き上がる苛立ちは取っ払え。 土御門をそういう状態に置いてしまった後悔より、今、考えるべきことはあるだろ。 彼女を一人にしたのはいつだ。土御門の身に危険が差し迫っても気がつかないほど、俺も遠坂もセイバーも、誰とも行動していなかったのは、どのタイミングの事だったか。 「見逃してくれてありがと。後悔すると良いよ、ランサーのマスターさん」 そうだ。 使い魔を追い払ったとか言って、力尽きた土御門が縁側に転がっていた、あの時だ。 [*前] | [次#] [戻る] |