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忘れてよ、忘れないで



音もなく消滅したローブ、耳に残るのは闇を切り裂く喘ぎ声だけだった。

これで残るはセイバー、ランサー、そしてこの得体の知れないサーヴァント。
こいつと顔を合わせるのは、アインツベルン所有の森でのファーストコンタクト以来か。金のサーヴァントがこちらを見下して嗤う。

「ふん、気まぐれに立ち寄ってみれば魔術師風情が騎士王を捕らえるなどと、口にするのも大罪よ。アレは王である我の物だ。王の宝に手を出す輩には、かような串刺しが似合っていよう」

第4次聖杯戦争で召喚されたらしいサーヴァント。理由はわからないが、何故か10年経った今も顕在し第5次聖杯戦争に参加している異色かつ最悪の英霊。
セイバーが剣を構え、警戒しながらもゆっくりと前進する。彼女が俺たちの先頭で足を止めたところで、奴はニヤリと口元を歪めた。

「久しいな、セイバー。どうだ、我の物になる決心はついたか」

七人のうちのサーヴァントが一体脱落した。それは小さいようで大きな大きな事実だ。こんな聖杯戦争終盤であれば尚更のこと。
それなのに。目の前で消えたサーヴァントは最早存在すらしなかったかのように、或いはつい先ほどの出来事は取るに足らないことだったかのように、金色のサーヴァントは腕組みをしてセイバーに問いかけていた。

何をしに来たのか。意図が読めないことこの上ない。このサーヴァントは自らの興味を引くことならまだしも、無駄なことには時間を割く気はないだろう。道楽で出歩く事もないだろう、とも思う。奴は「気まぐれに」立ち寄ったと言っていたが、ならば一体何のために外を出歩いていたのか。残りのサーヴァントであるランサーを探すためか、俺たちの居場所を突き止めるためか。若しくは……。

「ああ、貴様も居たか小娘。実のところアレでは物足りなくてな、代えを用意しろと言ったが、貴様には手を出すなと煩くて敵わん」
「どういうこと、ですか……」
「いや、こちらの話だ」

赤い瞳が土御門を射抜いた。平時は揺らぎなど見せない彼女が、びくりと僅かに身体を縮めた。
目の前のサーヴァントを真っ直ぐ見たまま、揺れる左手はぎゅっと握りしめられていて。掠れた土御門の声が鼓膜を震わせる。

土御門に近づくな―――なんて、言えるわけがない。つい口を挟もうとしたが、それが発される寸前で堪えた。
本能が訴えている。抑えろ、ここで事を起こしたとしても勝ち目はない。軽く己の右手に視線をくれるサーヴァントの姿に、蘇るのは以前奴が持っていた赤く蠢く「アレ」。

熱がのぼる。吐きそうだ。とんでもなく気持ち悪い。目の前が一気にくるりと回り、一瞬意識がどこかに飛んだ。
掌に爪を立てることで、しゃがみこみたいのをギリギリで堪える。

「何をしに来た、アーチャー。この身は誰のものでもないと言ったはずです」
「ほう?」

喉に迫り上がるものを飲み下し、息を止めることで蓋をする。
今は自分のことだけでいっぱいいっぱいだ。正直、セイバーたちの問答も頭に入ってこない。


脳の中で、ジリジリと何かが焼き焦げている。痛い。あつい。気を抜くと意識が持っていかれそうだ。
何をやっているんだ。忘れるなと、目を逸らすなと言われたはずだ。覚えていない自分を叱咤するように、こんなところで何をやっているんだと痛みが急かす。
思い出せ、思い出せ思い出せ思い出せ、頼むから。

「……あ、れ……」

耳鳴りと共に、知らないはずの/見慣れている映像が蘇る。
土御門が最強最悪のサーヴァントに向かう。ゆっくりとした足取りで、その小さな背中に三つの命を背負い。

―――行くな。

吐息混じりの声が異国語を紡ぐ。

―――止まれ。

風に靡く黒髪が、とんでもなく綺麗だと思った。

―――止まれ。

そのまま無数の「宝具」に貫かれて、

―――止まってくれ。

まるで、あのキャスターの如く、

『大丈夫、心配しないでよ』

『……戦うのは好きだよ。うん。此処に居て良いんだって、大袈裟に言っちゃえば生きてて良いんだって、許された気持ちになる』

紅い色を散らして、静かに彼女は去った。

何度でも言う。そんなもの、ただ彼女の自己満足でしかないのだ。

◇ ◇ ◇

視線をあげた。
金髪のサーヴァントと目が合う。真紅の瞳がすっと細められる。

「セイバー!」
「ちょっ、士郎!?」
「わかりました、シロウ!」

自身のサーヴァントを呼んだ。大丈夫だ、それだけで彼女に指示は伝わる。
何かを落っことして来たかのように身体が軽い。感情は真っ直ぐ異端のサーヴァントに向かい、残りの理性はどこか遠くで悟っていた。

またどこかの世界で、彼女は死ぬのだろう。

これで良いのだと笑って、憑き物が落ちたかのような声でサヨナラを告げて。

「投影、開始―――!」

それでいい。だって目の前の土御門だけは、

「絶対に俺が守るって―――誓ったんだ」

だから、こんなものを見るのも、これが最後だ。

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