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「#幼馴染」のBL小説を読む
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正義は何も語らない




デートというには重たすぎる雰囲気の中、セイバーと土御門と3人で漸く辿り着いた自宅。帰宅と共に遠坂にどやされると思いきや、彼女はこの事態を案外気にしていないようだった。

「あ、おかえりなさい。案外早かったわね、帰ってくるの」

リビングで寛いでいた遠坂が、責めるどころか寧ろ労わる様な生温かい視線を向けてくる。しっかりきっちり身構えていたから結構拍子抜けだ。何を考えてるのかさっぱりわからん。
だが、これ以上俺の方から蒸し返してもどうしようもないので気にしないことにする。今の俺にはきっと、遠坂や土御門の考えていることはわからない。自分のことすらわからない奴がどうすれば他の人のことを理解できるのか。無理だろうそんなの。




いつも通りの食卓、いつも通りの夜。昼間に何も無かったかの様に振る舞う土御門に、もう為す術は無かった。彼女がなかったことにしているのなら、俺には蒸し返すことはできない。
そのまま特にこれといったアクションも取ることができず、1日が終わろうとしていた。

終わるはず、だったのだが。

「シロウ!」
「っ、な……」

風呂が空いたから着替えを持って入浴しよう、そう考えてリビングを出た。
しかし、目の前の空間に存在しているのはいつも通りの廊下では無く、

「―――!」

こちらに襲いかからんとする、何処かで見たことのある骨だった。

眼前に飛び出してきた攻撃を辛うじてバックステップで避け、代わりに目の前に入り込んできた武装したセイバーが骨の塊を一刀両断する。バラバラと落ちて消滅して行くそれと同じ物体が、無数に廊下の奥から向かってきた。
数で押してくるつもりか。この程度ならばセイバーだけに戦いを押し付けることもない。慌てて側にあった新聞紙を丸めて握り締める。

余計な感情は取っ払え。別々の事を同時に成し遂げることが出来るほど、衛宮士郎は器用な人間ではないはずだ。

同調、開始ーーー。

「士郎!大丈夫?無事!?」
「と、遠坂」
「良かった……ゴーレムね、これ。前に学校で見たものと同じ」
「ということは、ここに来ているのはキャスターだな」

以前にキャスターと遭遇した時、こちらの陣営にはセイバーとアーチャーがいた。結局あの時はライダーの敗北だけを見届け、キャスターの幻影と対峙したのみだったのだが。
だがしかし、あの赤い大きな背中はもう存在しない。追いつき追い越さなければならなかった相手は消えてしまった。それは単なるサーヴァントという戦力だけが欠けたことを意味するのではない。それ以上の違和感、虚無感、それに似た何かを残したヤツは背中を向けて去って行った。

いちばん大嫌いな奴/オレが、この有様に皮肉げに笑ったような気がした。オレならもっと上手くやってみせると。貴様は何を踊らされているのかと。悔しいがその通りだ。

お世辞にも優勢と言える状況ではないが、どうこう言っている場合じゃない。やるしかないんだ。とにかく、やるしかない。
駆けつけた遠坂に一つ頷き、騒がしい庭先の方角に目を向ける。何かがぶつかり合っている様な閃光、微かに聞こえる高い声。

「ちょっと待って。待ち構えているにしては派手すぎない、あれ」

確かにそうだ。ただ待ち構えているならば、こんな刺すような光や轟音が聞こえるはずがない。キャスターは悪戯に家を破壊するようなサーヴァントではなく、どちらかというと搦め手を好んで使うような英霊だったはずだ。だとすれば、誰かがキャスターと戦っているとしか考えられない。

「すまんセイバー、先導を頼む!」
「言うまでもありません、行きましょう」

遠坂の疑念のこもった言葉に応えるように反射的に床を蹴っていた。セイバーを呼び、目の前に迫り来る竜牙兵に手に持った新聞紙を叩きつける。腕から背中にかけて、ビリビリとした痺れが走った。
背中の方向から聞こえた遠坂の制止の声を右から左に受け流し、バッサバッサと敵を切り捨てていくセイバーの後ろ姿を追いかける。
遠坂とセイバーが側にいる状況で、派手に事を起こす様な人物は1人しか心当たりはいない。
土御門が、まさか―――!





早く。もっと早く。1秒でも早く。行かなければならないとわかっているのに、この足はこれ以上スピードを出せないらしい。

とにかく、進む道を邪魔するものを蹴散らし、がむしゃらに足を進めた先にあったのは―――爆発、地鳴り。
それは言葉には言い表せない壮絶な情景だった。衛宮邸の庭先は、苛烈な戦場と化していた。
今まで見てきた彼女は何だったのか。これまでの認識を根底から覆すような、段違いの殺意が肌を刺す。
綺麗に結われているサラサラとした黒髪だけがいつものように靡いていた。その黒と対比するように目につくのは黒みがかった赤。身体中あちこちにある無数の切り傷が痛々しく、服は見る影もなくズタズタにされている。所々から白い肌と赤黒く変色した痣が見え隠れしていた。

名前を呼ぼうとした。手を伸ばそうとした。でも無理だった。
血が滴っていて、左腕は力なくだらりと下がっているだけにも関わらず、彼女はこれまでで一番綺麗な顔で笑っていた。
背中が語っていた。ここは自分のフィールドだと。手出しするなと。華奢な土御門の体躯に威圧感と美しさが同居していて、苛烈なそれに為すすべもなく圧倒される。

「―――っ」

正直なところ面食らった。
「アレ」と同じ様な、否、それ以上の光景が目の前にあった。

アインツベルン城、誰よりも前に立ってバーサーカーに向かって堂々と勝ち誇った笑みを浮かべる彼女の姿が頭を掠める。後悔と無念と、やるせなさだけを残していった小さな背中。俺/ヤツが忘れられなかった、そして絶対に忘れたくなかったあの姿。

殺気も魔力も以前とは比べものにならない。これは現実だ。紛れもない真実だと、ぞわりと泡立った肌が語っていた。

「Fhios ag Gaoth léir(全ては我が手のうちに)―――!」

詠唱と同時に地を蹴り、一瞬消えたように見えた彼女は魔女の真後ろに顕現した。にやりと口元を緩ませ、血に濡れた右腕をキャスターに向ける。赤い赤い唇が迷い無く言葉を紡ぎ出した。

「Sruthán amach(爆炎)、Codladh pairilis(煉獄)ーーー!」

空気を切り裂く鋭い声によって為された短い詠唱。移動している土御門を追尾していた魔力の塊は彼女の手から放たれた業火によって一掃され、反対にキャスターの周りに無数の火柱が立った。炎がうねり魔女を捕食せんと大口を開ける。
それでも、キャスターは顔色を変えること無く(厳密に言えばローブにより顔が確認できないのだが)寧ろ余裕綽々といった様子でふわりと浮かんだまま、敷地内を駆け回っている土御門を見下ろしていた。

「へえ。ただの魔術師にしては中々やるじゃない、貴女」
「褒められてる気はしないけど、それはどうも」

飄々と言いのけてから、土御門が唇をキュッと引き結ぶ。一層、音を立てて燃え上がった炎が全てを焼き尽くさんと一斉に渦を巻く。

「でも、所詮は小細工ね。やってることが丸分かりよ」

背筋が凍りついた。
体制を整えたキャスターが、口角を上げたのが目に入ってきた。ふわりとローブを翻した、その一瞬で炎は全て消え去っていた。

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