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「ねえ、衛宮くん。今日1日どうだった?」

先行していた土御門はスカートを揺らしながら振り返り、少し眉を寄せた。

どうだったと言われても。今まで土御門と出かけたことなんてなかったけど、今日は沢山話も出来たし特に不満に思うようなことはなかった。だが、女の子と出かけた感想に「特に何も」なんて答えは厳禁であることくらい俺にだって理解出来る。これはものの例えであって、別に土御門と過ごしたこの数時間で、何も無かったというわけではないのだが。
人に伝えるのが難しい自分の感情を頭の中で持て余す。あえて言葉にするなら、有意義な時間を過ごせたとかだろうか。だが、そのまま土御門に伝えるのは憚られて答えに窮する。

だが、苦虫を噛み潰したような暗く苦い顔をした土御門に気が付いてしまい唇を噛み締める。しまった。どうして「楽しかった」の一言がさらりと出てこなかったんだ、ばか。
もしかして退屈だったかなと視線を落とした彼女の言葉に背中を押され、慌てて頭の中から言葉を捻り出した。

「いや、退屈なんかしなかったぞ。土御門のこと、色々聞けたからな」
「……」

まるで、ただの高校生になったかのようだった。クラスメイトのこととか、料理の話とか。この騒動の前、ただのクラスメイトだった頃に思い描いていた様な土御門の姿が、やっと目の前にいる彼女と重なった。

土御門と出かけられて良かったぞ、と付け加えたのは耳に届いていないのだろう。不安を払拭するようにはっきりと言葉を出さない俺はきっと意気地なしだ。
数メートル離れている土御門に向き合うと後ろにある夕日がいやに眩しい。ああ、もうすぐ夜になる。のんびりした何でもない時間に、やはり終わりが来てしまう。
土御門は暫く沈黙してこちらをじっと見つめた後、何かを堪えているような、思いっきり泣きそうな表情になった。

「な、」

いつもの様に名前を呼ぼうとした。出来なかった。
肩の力が下りたように息を吐き、土御門がこちらを見上げる。

「あーあ、私、遠坂に怒られちゃうなぁ」

いつになったら、衛宮くんは思い切り笑ってくれるのかな。


まるで、魔術にかかったかの様に目が離せない。顔をくしゃくしゃにした目の前の少女の声は、ほんのちょっと震えていた。
俺ならまだしも、土御門が遠坂に怒られる理由はないだろう。女の子とデートに行く時にはね―――なんて口を酸っぱくして色々と言っていたあの遠坂が、そんなことするはずがない。
デートでは男子のエスコートは大事なのよ、とお節介を焼いていたあかいあくまのセリフがフラッシュバックする。遠坂はこういう事態を想定していたのだろうか。今頃家でほくそ笑んでいたとしても不思議じゃない。


「あのね、衛宮くん。遠坂からのお使いって、衛宮くんを楽しませることだったんだよ」



世界がスローモーションになった。

バスも車も、周りの人間も、残像がはっきり見えているように感じる。
楽しかったかと言われると楽しかったと思う。彼女の意外な(?)一面も見れた訳だし普通の女子高生なんだなって再確認できたし、マイナスに作用する事項は何もない。
強いて言うなら、喫茶店のお代を割り勘にされてしまったことだけれど、これは流石に自分自身の沽券とか男としてのプライドとかそういう問題であって。

違う。そんな話ではない。
考えろ。どうして俺は「楽しかった」の一言すら口に出せなかった/出さなかったのか。

「この前から衛宮くん、ほんと盛大なブーメランかましてくるよね。生きる意味が必要なのはどっちだよ、ほんとに」

もうそろそろ、セイバーとか遠坂とか私とかの他人じゃなくて、自分に目を向けても良いんじゃないかなぁ。そう言った土御門の姿が霞む。
どうしてそこまで話が飛躍するのか。だって今は平々凡々な高校生として生きていて―――。

生きる意味、か。
俺が土御門に生きて欲しいと願って彼女を引き止めた。それが彼女の「生きなければならならない」理由付けになれば良いと思って、我儘だとわかっていながらも強引に意思を貫いた。

それが俺/奴の願いだったから。

いや、俺が彼女に生きていて欲しかったから。土御門は戦いの中で生きるんじゃなくて、ただ隣で笑っていて欲しかった。

目の前に土御門がいるのかいないのか、それすらも曖昧になってきた。最早自分が何を考えたいのか理解出来ない。散らかっている部屋のように考えまでもがバラバラで、一つに集約することが出来ない。

「知らないといけない、何とかしないといけないのは、私の仕事なんだけどなぁ」

喧騒が別の世界のもののように聞こえる。土御門が何を言っているのか、その言葉の意味を噛み砕いて理解しようとしても混乱して思考が追いつかない。

帰ろっか、とバス停まで先導する土御門の後ろ姿をぼんやりと見つめる。それに従うようにセイバーが歩みを進め、動かない俺に気付いて振り返った。

「シロウ?どうかしましたか」
「いや、何でもないんだ。すまん」

帰ろう。とりあえず自分の場所に帰ろう。考えるのはそれからだって良い。

納得のいかない感情を一旦放置し、小走りに土御門を追った。

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