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「#幼馴染」のBL小説を読む
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レンズ越しの世界



全然全く授業に集中出来なかった。
気が付けば土御門の方に目が行く。だから、普段のように女子生徒と話し込んでいる彼女の額に絆創膏が貼られていることに気が付くまで、そう時間はかからなかった。
昨日は平気と言っていたが、やっぱり怪我しているんじゃないか。それに気がついた瞬間、一気に血の気が引いた。


「土御門!」

放課後になった途端にすぐ、いても立ってもいられなくなって、気づけば土御門に声をかけていた。くるりと穏やかに振り返る動作に合わせて、制服の裾がふわりと揺れる。

「衛宮くん、どうかした?」

少し首を傾げるようにして彼女は不思議そうな顔をした。やはり美綴が朝言っていた通りだ。遠目だとそこまで気にならないが、こうして会話する距離だと額の絆創膏に目が行く。

ついさっき授業が終わったばかりなのに、教室に生徒はもういない。グラウンドからは運動部の掛け声が聞こえてくる。

目の前のクラスメイトに意識を向けた。
先ほどまで疎らに人が存在していた教室が、全く違う場所のように感じる。二人きりだと思うと変に緊張して来るが、こういうのはあまり人に聞かれたくない話かもしれないから早めに済ませておくべきだ。
小さく息を吐き、すぐさま本題にうつる。

「眼鏡、昨日壊したって聞いたから、その……」

謝ろうとしたが、どう続けるのが正解なのかが定まらない。
必死に言葉を探しているうちに、土御門がけらけらと笑った。

「遠坂たちとの話聞いてた?」
「……すまん」
「別に良いよ。朝早いんだねえ、衛宮くん」

クラスメイトの顔をどうこう言う趣味はないが、一般的な枠でいえば、彼女は特に格別の美人という訳でもなく、校内でアイドル扱いをされるくらいに特別可愛いという訳でもない。どちらかというと眼鏡を外した姿は幼い顔立ちといえるかもしれないが。

だが、初めてみた何の変哲もない笑顔に、無性に惹かれた。

「そんなに気にしなくても良いのに」
「気になるだろ、そりゃ」
「そうかぁ。それはちょっと自惚れちゃうかも」

言葉とは裏腹に、彼女はどこか他人事のように笑った。
それは、まるで他人と一線を引いているような。他の生徒よりも達観しているかのような。彼女の楽しげなセリフの奥底に、刺すような冷たい何かがある気がした。

駄目だ。これ以上彼女に深入りするのは危険だと本能が小さく警鐘を鳴らす。何がそう思わせているのかはわからない。ただのクラスメイトである彼女に何の危険がある。理性は懐疑的だけれども、確かにそんな気持ちになったのだ。

内心の動揺を、土御門に気付かれては堪らない。
慎重に目を向けると、目の前のクラスメイトはやはりただの高校生の女の子だった。何となく締め付けられるような圧迫感はどこかに消えてしまい、ただ彼女は朗らかに笑っている。

「ほんと気にしないで。もともと壊れかけてたものだし、あれはお守りみたいなものだし」

土御門が付け加えた言葉の意味は、俺には計り知れないものだった。
有無を言わせない静かな空気に、深く突っ込まない方が身のためだろうと判断した。
意を決して、今日一番聞きたかったことを言葉にする。

「でも、昨日怪我したんだろ?」
「確かに腫れてしまったけれど、ちょぬとだけだよ」

ぽかん、と呆気に取られたような顔でまじまじと俺の顔を見つめてくる。相対して視線を向けられるのは少し居心地が悪い。

「絆創膏貼ってるじゃないか。だから……」

彼女は微かに俯いて、ばつが悪そうにそこに手をあてた。

「よく気が付いたね。私前髪下ろしてるし、わかったの遠坂と美綴くらいなのに」
「そりゃあ土御門が眼鏡外してたから、皆そっちの方に気が向いたんだろ、きっと」

無性に気恥ずかしくなった。言い訳するかのように無意識に口が動いていく。

「女の子だし、顔に傷が残ったら大変だろ」
「別にこれくらいの傷はすぐ治るよ、心配症だなぁ。衛宮くんは優しい人だって思っていたけれど、ここまで心配してくれるなんて思わなかった」

人からの前向きな評価を素面で言われたら、言われたこっちはものすごく羞恥心にかられる。面と向かってやめろとは言えずに押し黙った。
別に普通のことだ。俺のせいで怪我したのならそれは申し訳ないし謝らなければならない。特別なことなんかじゃない。言い返したくても喉から上に声が出てこない。

話は終わったとばかりに彼女は鞄を手に取り、帰る支度を始めた。部活に入っていない土御門は専ら帰宅組だろう。

「あ。本当に気に病まないでね、衛宮くん」

未だに俺が腑に落ちないような顔をしていたのか、土御門はそのまま困ったように顔を覗き込んできた。

「ここだけの話なんだけど、あれって実は伊達眼鏡なんだ」
「へ?」
「なーんてね」

そう呟いてくすくす笑い声をあげる。それは、今まで見た中で一番年相応な表情だった。そのまま悪戯っ子のように口元を緩ませ、土御門は教室を出て行った。なす術もなく見送る。



今日バイトだった、と思い出したのはそれから暫くたった後だった。

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