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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

置いてけぼりの日常



何とか衛宮邸に帰り着いて夕飯を食べた後。アインツベルンの森で合流するまで、何度かアーチャーと遭遇していたらしいセイバーとの情報共有、考察、これからの行動計画を纏めた。
その最後に土御門がぽつりと零したことが、どうしても忘れられない。

「もしかしたら、だけど。イリヤスフィールは、もういないかもしれないね」

アインツベルンの森の結界の消滅、金髪のアーチャーの言動、彼の持っていた心臓。それら全てを鑑みれば、バーサーカー陣営の敗北というのも考えられないものではない。
しかし、まだ決まったわけではない。これはただの推察であるし、土御門本人も確証を得たわけではないと言っていた。
それでも。
あの金髪のアーチャー、自分の手を汚してまで無意味なことはしなさそうだよね。そう言った彼女の言葉が、思いのほか重く身体にのしかかってくる。

お兄ちゃん、と。
あどけない少女の声が聞こえた気がする。商店街で見かけたときの屈託のない笑みとか、悪戯っ子のように口角を上げた表情とか。そんな他愛のないことだけが色濃く残っていた。








「士郎。明日は新都でも行ってみたらどうかしら。丁度頼みたいこともあるし」

唐突に遠坂が妙な提案をしてきた。彼女はときに突拍子もないことを言ってのける。何度それをくらっても慣れることはなく、ただただ翻弄されるだけ。何度経験しても心臓に悪いことこの上ない。

「な、何言ってんだ遠坂?聖杯戦争の真っ只中なのに、そんな遊んでいられるわけないだろ。……まあ、頼み事なら俺に出来ることの範囲内で受けるぞ」

最早衛宮邸に居つくことに違和感のなくなった遠坂は、小さく欠伸をしながらこちらを向いた。セイバーはもう自室に戻った。土御門も席を外している。この部屋には俺と彼女の二人だけ。
音量を極限まで下げたテレビは、観客のいないまま話し始め、時計の針の進む音がやけに大きく聞こえる。つまり、ストレートに言うと、この部屋に沈黙が下りた。まあそういうことだ。
無言のまま、じっと互いの目を見据える。新都に行くか、行かないか。その一瞬の攻防の後、些か居心地の良くない空気は遠坂のため息によって離散した。

「あのね、士郎。ただ遊びに行け、なんて誰も言わないわよ。要するに、お使いついでに気分転換して来なさいってこと。今みたいな状態でいられる方が迷惑だわ」
「う……だ、第一、誰と誰が行くんだ?その口ぶりだと、遠坂は行かないみたいだが」
「当たり前でしょ、私は忙しいの。色々やることがあるんだから。行くのは勿論、士郎と……」

気の所為かもしれないが、遠坂がほんの少しだけ、にんまりと意地の悪い笑みを浮かべていたような気がする。なんとも言えない悪寒にぶるりと身体を震わせていると、今度は物理的な振動が伝わってくる。
居間の戸が開かれた、その振動だ。遠坂が反射的に振り向く。お茶や急須のった机を挟んだ向かいにいる俺は、視線の先を遠坂から戸に向けて―――そのまま石化した。

「あれ?どうかしたのかな、二人とも」

そこにいたのは土御門だった。
そうか。そこまで気が回っていなかったが、彼女は今風呂に入っていたんだった。肩にかけたタオルを片手で弄びながら遠坂に話しかける彼女は、風呂上がりだからだろう、頬が上気していて。
なんていうか、こう、とんでもなく目に毒だ。

「っ、土御門」
「丁度良かった。ねえ貴女、明日新都にお使いに行ってくれないかしら?今なら荷物持ちに士郎も付けるし」
「なっ!」

俺は荷物持ちかと突っ込む隙すら与えられず。どう?なんて、わざとらしく提案してみせる遠坂を不思議そうに見た土御門は、そのまま俺の方をじっと見た。状況がよくわからないんだけど、と彼女は前置きして、

「うん、まあ別に良いけど。丁度買い物行きたかったし。お使いって何かな?」
「それは明日にでも話すわ。ねえ衛宮くん、この子は行ってくれるみたいだけど?」

勝ち誇ってニヤニヤといやらしく笑う遠坂は楽しそうだ。拒否権はない。この場において、提示された条件を呑むしか道はないのである。
いや、土御門と外出するのが嫌なのではなく。それを外から楽しんでいるような、もっと言えば遊ばれているこの状態が大変居心地悪いわけであって。

「……覚えとけよ、遠坂」
「あら。感謝こそすれ、恨まれる筋合いはないと思うけど?ボディガードにセイバーも連れていけば、万が一の時も対応できるでしょ」

セイバーが反対するかもしれない、と淡い期待を抱いたものの、彼女が「そのような事、私がシロウのサーヴァントであるからには当然です」とか何とか言って二つ返事で承諾する未来しか見えない。というより、セイバーが異を唱えたところで遠坂に言いくるめられるのがオチだろう。
渋い顔をしていたのに気付いたのか、土御門が気遣うようにこちらを覗き込んでくる。

「あ、衛宮くんが行きたくないってことだったら、私一人でも行ってくるけど、大丈夫?」
「い、いや別にそういうわけじゃなくてだな!」

勢いで口走ってしまったことに気付き、内心頭を抱える。
ああもう、遠坂の思惑通りだ。元より、こういうことに関して彼女に敵うとは思ってもいなかったが、ここまで策略に躍らされるなんて情けない。

「ふーん?」
「な、なんだよ遠坂……」

べっつにー、と新しい玩具を見つけた子供のような、キラキラした笑みを浮かべている遠坂を軽く睨む。
わかりきっていたことだが、彼女がそんなことを気に留めるはずもなく。そういうことだから明日はよろしくね、と鼻歌交じりに言い放ち、そのまま部屋を出て行った。

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