話し合いがひと段落した後。 アインツベルンの敷地に、イリヤスフィールが張ったであろう結界の様子がおかしい。そこがちょっと気になって、廃墟の外に一歩出ただけだった。 ぞくり、と背筋が凍りつく。 いつの間にいたのか、私に判別する術はないけれど。何かを見定めるような、まるで神の座に君臨する者のような。全てを見透かされているような、そんな深いあかい瞳が、目の前にあった。 何でこんなことになったんだろう、と自問自答する。でも、今更そんなこと考えたって仕方がない。何故なら、目の前数十メートル先に、何かとんでもない金髪の男がいるから。それも、お世辞にもセンスが良いとは言い難いライダースーツを着た、美丈夫。 人ならざるものの気配を持つにも関わらず、あたかも人のような出で立ち。流石にもうわかる。あの男、サーヴァントだ。人間は得体の知れないものを恐れるって良くいうけれども、これは最早、桁違いの存在だった。 「ほう、アレの言っていた小娘とは貴様のことか」 「……っ」 アレって何なの。他のサーヴァントか、それてもこのサーヴァントのマスターのことか。 そもそも、このサーヴァントのクラスが謎である。私が今知っているサーヴァントは、セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、バーサーカー。アサシンは山門より離れられないという衛宮くんたちからの情報により除外。ということは、私が知らないサーヴァントは、キャスターだけ。消去法にすると、目の前の男はキャスターってこと。でも、それって凄まじく違和感がある。 相手にするサーヴァントは殆どが白兵戦に優れている猛者であるのに、たかだか魔術を使えるだけの英霊が易々と他のサーヴァントたちの的になりに来るだろうか。いくらキャスターとはいえど、自分の陣地を離れて、セイバーやランサーに戦いを挑むなんてこと、するとは思えない。現実的な方策じゃない。 それに、確か遠坂たちはキャスターが女の人らしいとか何とか呟いていた気がするような。 じゃあ、この男は?七つのクラスに当てはまらないとなると、一体どういった存在なのだろうか。 「僭越ながらお聞かせ願いたいのですが」 「何だ」 「あなたは、どなたですか」 頭が、真っ白になった。 自分の発した言葉をゆっくりゆっくり確認する。この金髪男に向かって、私、あなたは誰ですかって聞いた。 バカ。何を素直に本人に聞いちゃってるのとうとう頭おかしくなったの。というより、サーヴァント相手に「あなたは誰」と聞いたとしても、真名なんて答えるはずない。 ちょっと待って今のなし、が通じる相手ではない。寧ろ失言をしたその瞬間に天に召されてしまっても不思議じゃないような状況。 殺される、これ。 相手の一挙一動を見逃さないように目を凝らし、詠唱の準備をしたところで、目の前の男が高らかに笑い始めた。 「惜しいな、娘。貴様がマスターであったのならば、我が……」 「漸く見つけたぞ、アーチャー!」 「!」 金髪男の言葉の途中で、私と彼の間に何かが割り込む。目の前のサーヴァントに呑まれてしまっていたが、目が覚めたように意識がクリアになった。 見逃された、とか。頭に浮かんだ可能性をすぐさま打ち消す。そんなまさか。冗談じゃない。この男にとって、私は死のうが生きようがどうでもいいレベルの存在のはず。見逃したというより、そもそも目当ては私でなかった、そんな印象だ。 でも、聖杯戦争は秘匿すべき事項。一般人に見られた瞬間排除するのが一番手っ取り早い。マスターじゃない私を殺さないというなら、例えば、誰かに言いくるめられたとか、 「土御門!」 「ちょっと、今何が……!」 名前を呼ばれて、物思いにふけっていた意識が現実に戻ってくる。今の、遠坂たちの声だった。 目の前が開けたような、そんな気がする。たちまち視界に入ってきたのは、先程私の前に飛び込んできた彼女。 凛とした後ろ姿。私より背が低いのに、甲冑を着込んで、一振りの剣を持ち、殺気をまとって、堂々と立っている金髪の少女。 「セイバー!」 マスターの声に応えるように、セイバーが剣を構える。 そういえば、セイバーはこの男のことを知っているようだった。ということは、彼女の生前の知り合いだということなのか。 殺気を隠そうともせず佇んでいるセイバーを楽しそうに眺め、アーチャーと呼ばれた男は見下したように一笑する。そのまま、遠坂と衛宮くんの方に視線を向け、 「ほう、貴様があの贋作者のマスターか」 贋作者って誰のこと。でも私はマスターじゃない上、マスターである衛宮くんのサーヴァントはここにいるから、まさか、遠坂のアーチャーのことなのか。背筋を冷たいものが駆け巡る。金髪の男は遠坂を一瞥し、にやりと笑った。 「見ものだったぞ。あの肉ダルマ相手に、あれ程立ち回るとはな」 煮えたぎっていた頭の中が、一気に静まった。 肉ダルマって、もしかして、バーサーカーのことなんじゃないか。つまり、目の前のサーヴァントらしき男は、アーチャーとバーサーカーが交戦しているところを見物していたということになる。 その言葉が意味するのは、アーチャーが消滅したこと。バーサーカーはどうなったのか、イリヤスフィールはこっちに向かっているかもしれない。 こんなところで、他のサーヴァントにちょっかいかけられている余裕なんて、全くもって存在しないのに。 「遠坂」 「わかってるわ、大丈夫だから」 衛宮くんの問いかけを片手で制して遠坂が顔を上げ、そして、それよりもアイツの手の中のものが気になるのよね、と小さな小さな声で溢す。 手の中のもの、とは。アーチャーと呼ばれたサーヴァントの手に視線を向ける。この異様な空気に呑まれて、全然気がつかなかった。彼の手の中には、時折どくどくと脈打つ何かが存在している。 仕事柄、いつかは遭遇するだろうと覚悟はしていた。見たことはない。まだ見たことはなかったけど、あれ、もしかして。 「時間切れだ。これ以上放置していれば腐ってしまう」 皆の視線を感じたのだろうか、目の前の男が手の中のものを確認する。 何が、どういうことなのか。腐るって、人間の心臓を、あのサーヴァントはどうしようっていうのだろう。 わからない。わからないことが多すぎる。 結局私は、遠坂に言いたい放題言われている衛宮くんを笑えないくらいに、この戦いに無知で、この場の誰よりも無力で、足手纏いで。 「我の気が変わらぬうちに去ね」 一歩も足を動かせぬまま、消えてしまうサーヴァントに萎縮しているしか出来なかった。 [*前] | [次#] [戻る] |