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あと少し強くなりたい




この中で戦い慣れしているのは土御門だけである。場慣れしている者特有の勘みたいなものは、経験値を得なければ育たない。彼女が経験したものとは規模や程度や環境は違うだろうが、セイバーもアーチャーもこの場にいない以上、頼れるのは土御門だけだ。

「アーチャー次第だね」

褐色の肌、赤い外套、白髪、刺すような視線。脳裏に、奴の背中が浮かび上がって、消えていく。

「アーチャーがどれだけバーサーカーに深手を負わせることが出来ているかによって、かなり変わってくるはず」
「……ええ」
「発想の転換って言うのかな。アーチャーがどのくらい強いのかはわからないけど、多少なりとも傷は負わせると思うから、そこに賭ける。イリヤスフィールは相当衛宮くんに執着しているみたいだから、そのまま真っ直ぐこっちに向かってくるはず」

いつもより饒舌な土御門が、教鞭をとっている者のように人差し指を立てる。

「手負いってことは、ある意味バーサーカーを倒すチャンスでもあるってことだよ。目の前にぶら下がっている獲物をそのまま逃すほど、あの子は気が長い子じゃないみたいだから」

あの子っていうのはイリヤスフィールのことだろう。
確かにそうだ。イリヤスフィールは俺を生きたまま連れて帰った。ただマスターの一人を潰したいのであれば、問答無用で息の根を止めているはずだ。彼女がそれを目的に一連の行動を起こしたのなら、今頃俺は何も語らない屍になっていないと辻褄が合わない。
でも生きている。さらに不可解なことに獲物がアインツベルンの城から逃げるのを何もせずに、いや寧ろ笑って見送った。
ならばイリヤスフィールが望んでいるのは衛宮士郎をただ殺すことではなく、もうひと手間加えて亡き者にしたいとか、そういうことなのか。

「なら、イリヤスフィールはこの状況を楽しんでいるってことか?」
「端的に言えば、そういうことになるでしょうね。玩具で遊ぶような感覚で弄んでいるんじゃないかしら。何故なのかは知らないけど」

舐めやがってあのガキ、というセリフがかなり似合いそうだ。握りしめた拳を怒りで震わせる遠坂の後ろに、禍々しいオーラを纏った鬼神が見えた気がする。
この際、何故イリヤスフィールがそんな回りくどい方法に固執しているのかという問題は横に置いておく。考えてもわからないような問題に時間をかけるのは無駄な行為だ。彼女にも彼女なりの事情がある、若しくはかなりナイーブなお年頃であるだけなのかもしれない。

「でもね、遠坂。そこに勝機があると思うよ。言い方は悪いけど、あの子は衛宮くんをいたぶって殺したくてウズウズしてる。彼女は殺し屋なんかじゃないからね、今は冷静さを欠いてる状態なんだよ」
「イリヤスフィールが本気になる前にバーサーカーに致命傷を与えるってこと?」
「難しいだろうけど、そういうこと」

イリヤスフィール(とバーサーカー)をその気にさせる前に、彼らにエンジンがかかっていない状態で、セイバーの宝具で一刀両断する。これが一番現実的な策か。この状況下で現実的でまともで最優の策だとはいえども、これが成功する確率は0に等しいくらいだろう。

「本当は、それでも太刀打ちできる保証はないけどね。相手のスペックは未知数だし、そもそもセイバーの実力すらわからないから」
「衛宮くん、セイバーから何か聞いてる?真名とか、何かそれっぽい言葉とか」

それっぽい言葉って何だ、なんてツッコミを入れることが出来る訳もなく。

「いや、セイバーからは何も聞いていない。というか、秘密にしたいと言われた」
「成程ね。私でもそうするわ」

どういう意味だ、それ。遠坂の言葉の端々に悪意を感じるが、円滑な話し合い続行のためにも堪える。困ったような、弱々しい土御門の微笑みだけが救いだ。

「とにかく、今私たちに出来るのはセイバーにプラスに働くような作戦を考えることよ」
「作戦と言えるほど、大層なものは出来ないだろうけどね」

言うは易く行うは難し、まさにそんな感じだ。バーサーカーを誘き寄せ、注意を逸らしてセイバーの宝具をまともにくらうような状況を作り出さなければならない。それはこの場で一番困難な行動であり、この場で唯一生存可能性がある行動なのである。やるかやらないかを選択する余地はない。やらなければ死ぬ、やっても死ぬ確率の方が高い、そういう問題だ。

「そう、勝てるかどうかじゃないわ。絶対に勝たなくちゃいけないのよ」

最早、遠坂の姿はアーチャーに指示を出した時の痛々しいものではなく。ただ勝利という1点のみを求める、例えるなら策士のものとなっていた。

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