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理想は時に冷たくて




「ああ、でも。私、馬鹿やっちゃったかも……」

聞こえるか聞こえないか、ギリギリの声量だった。

今まで目を伏せ、黙りこくっていた遠坂が顔を上げ、未知のものを目の前にしたかのように瞬きをする。
艶やかな黒髪が揺れる。遠坂と目が合った。そのまま、無言で先程の声の主の方に方向転換する。
どこか空間の一点を見つめて押し黙ってから、再び土御門は小さく唇を動かした。

「早とちりだったかな。そうだよね、確かにサーヴァントならマスターの居場所もわかる……」
「土御門?」
「なんでもないよ、独り言だから気にしないで」

ふるふると首を振られ、これ以上追求することも出来ずに口を噤む。
だが、その独り言を耳にして遠坂の表情が強張った。土御門が何が言いたかったのかわかっていない俺とは対照的に、彼女はこちらに身を乗り出して声を上げる。

「待って。セイバーは士郎が何処にいるのかわかっているのよ。サーヴァントならすぐにマスターの元に向かえるはず。なら、どうして私たちの方が先に士郎を見つけたのかしら」
「えっと。セイバーが衛宮くんよりも何かを優先するとは思えないから、考え得る可能性は、他のサーヴァントに捕まっている、とかじゃないかな」

まるで、頭の中で何かが弾けるような衝撃。全く、そのことについては考えが及ばなかった。

土御門の見解は、セイバーが俺を探している途中、他のサーヴァントに足止めをくらっているということだ。
その説を採用するとして、考えられ得るのはアーチャー、ライダー以外のサーヴァント。確かに、例えばランサーと遭遇して戦闘に縺れ込んだと考えると、彼女がこうも時間を取られるのも頷ける。残りのサーヴァントを考慮すると、有り得るのはランサーかキャスターか、はたまたアサシンか。バーサーカーは今アーチャーと交戦していると考えると、些か可能性は低いだろうか。

「参ったわね。セイバーなしじゃ私たち、バーサーカーの最初の一撃で吹っ飛ぶわよ」

遠坂の言う通りだ。いくら半人前であったって、そのくらいは容易く想像できる。
この森はアインツベルン所有の地、イリヤスフィールとバーサーカーの領域である。地の利も相手側に、実力も相手側にある、なんて完全なる行き止まりだ。
不機嫌そうに眉を顰めていた土御門は、くしゃりと少し髪をかき上げると、何事かを思案していた遠坂に問いかけた。

「アーチャーが持ち堪えられるの、どのくらい?」

かちん、と空気が凍る。凍らせた本人は何事もなかったかのように無表情のまま。たっぷり数十秒、彼女の言葉の余韻が残る。

遠坂はほんの僅かに睫毛を震わせた後、きっぱりと口を開いた。

「そんなに長くはないわ。今ですら怪しい。朝までには、もう」

悲嘆にくれた様子ではなく、ただ淡々と事実を述べる。
朝までということは、タイムリミットがもうすぐ後ろまで迫っている、そういうことを意味する。可能であれば、今すぐに行動を起こさなければならない。
長居は出来ないようだから、と前置きして土御門がポツリと告げた。

「やりたいことは沢山だけど、優先すべきはバーサーカー対策かな。アーチャーが落ちたら、必ずあっちは探しにくるはず、だし」
「それまでにセイバーが間に合うかってことか?」
「間に合わなかったら最終手段として令呪を使うしかないわね。というより、今すぐにでも使いたいくらいよ」

この圧倒的不利な状況、この場から離れて形勢を立て直すのが一番良いが、もう不可能というか、絶対に間に合わない。この広いアインツベルンの森、ただの人間が徒歩で動くにはスピードに限界がある。アーチャーがどれだけ踏みとどまろうとも、必ずバーサーカーに追いつかれるのが目に見えている。それくらいにバーサーカー陣営は怪物じみているのだ。

「確実に帰るには、バーサーカーを倒さなくちゃならないんだな」
「そういうこと。私たちに有利なように仕組んだ上で、待ち伏せて誘き寄せるって感じかしら」

あんたはどう思う、と遠坂が土御門に問いを投げかける。刺すような真剣な眼光、淡々とした声音に全てが支配される。再び、空気が凍った。


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