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全部抱き締められたならば



「ここなら、一時的に身を隠せるはずよ。アーチャーが見つけていてくれたの」

アインツベルン城を背にして無我夢中に走り、理性が戻ってきたのは遠坂の淡々とした声を耳にした時だった。
目の前には見たことのない廃墟。窓ガラスは割れて散らばっている。ボロボロの土御門にここで休め、というのは酷だが、生憎そういうことを言っている暇はない。この場所を見つけておいていただけでも有り難い。

三人で廃墟の中に腰を落ち着ける。耳鳴りがしそうなくらいの沈黙。皆一様に視線を落としたまま、黙りこくっている。
何も思いつかない。話さねばいけないことは山程あるのに、喉から上に言葉が上がってこない。ありがとうとか悪かったとか、この場にはそぐわないであろう単純なフレーズだけが頭を駆け巡る。
色々、あり過ぎた。そう言いだしたら、聖杯戦争に巻き込まれた瞬間からあり得ないことの連続であるし、実際問題この現実から目を背けているだけである。それでも、頭がパンクしそうになるくらい、色々な事があった。

―――衛宮くん、信じてるよ。

―――うん、だから、ありがとう。

あの土御門の満面の笑みは、一体誰に向けられていたんだろう。彼女の詠唱する後ろ姿も、アーチャーの目も、バーサーカーの咆哮も、イリヤスフィールの愛らしい声も。全然全く、頭から離れない。

本当、何やってるんだ、こんな時に。

思いがけず力の入った足の下で、粉々になっているガラスの破片が音を立てる。

「とにかく、今はこの状況を把握すること、打破することを考えなくちゃ」

張り詰めた空気が、土御門の言葉で弛緩した。フリーズしていた頭の中がフル回転しだす。

まず、セイバーはどこにいるんだろう、という土御門の呟いた言葉に頭を撃ち抜かれた。そうだ、セイバー。確か、彼女には昼飯の買い出しに同行するよう頼んでいて、一緒に店に入ろうとして、姿が見えなくなって、それから。俺がイリヤスフィールに会っていた時、彼女は何処にいたのか。

「セイバーは?」
「私にはわからない。探したけど、家にはいなかったから」
「じゃあ商店街に行って、そのままなのか」

うん、と淡々とした返事。
あの時セイバーと離れなければ、もしかしたらこんな状況にはならなかったのかもしれない。一人で外出していたわけでもないのに相手マスターにのこのこ捕まってしまったことには、流石に言い訳は出来ない。何をどうひっくり返しても、自分の考えが甘かったということだ。
どういう訳か、家で休んで少しは回復していたはずの土御門が、こんなボロボロの状態になっているのも、俺がいない間に何か起こったということだろう。

―――守りたいのなら腹をくくれ。今のお前には気合いと覚悟が足りん。

わかっている。わかっていたはずなのに、奴の言葉が胸を深く抉る。これはもう、気合いとか覚悟とかそういう問題ではなかった。
傷つけたくなくて、巻き込みたくなくて、何も持っていない自分のためだけど、ただの子供みたいな我儘だけど、生きて欲しいと願った。
だが、その相手を今現在追い詰めているのは、過去の自分の不注意だ。


だから。何故サーヴァントがついていて、こんなことになっているのか、とでも言いたげな土御門の視線を躱すことが出来なかった。




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