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最期の今日に手を伸ばす




誰かの夢を、見ていたようだ。


「士郎!」

遠坂の切り裂くような声。呼ばれているのが自分自身だと認識するのに数秒かかった。
テレビのチャンネルを変えるように、瞬く間に視界が変わる。
そこにあるのは、まさに外に出ようとしている土御門、珍しく焦ったような表情の遠坂、背中を見せているアーチャー、そして。
呆気にとられた顔から捕食者の笑みへと変貌したイリヤスフィール。勿論、彼女のバーサーカーが傷ついている、ということはなく。獲物を見定めているかの如く静かに佇んでいる。
足の感覚があるような無いような。自分が立っているのが不思議なくらいに力が入らない。

「厄介者を拾ったな、衛宮士郎」
「え?」

うつらうつらと覚束なかった意識が、アーチャーの一声で研ぎ澄まされた。

アインツベルン城の入り口で遠坂が大声で叫んでいる。早く来いとかその類の、ここからの脱出を急かすものだろう。
それでも、ほんの少しだけ遠坂に視線を向けた後、もう一度アーチャーを真っ直ぐに見た。見ずにはいられなかった。
心の底から悔いているような、それでいて安堵しているかのような。制御しきれていない、色々な感情がごちゃ混ぜになった奴の台詞が、心に突き刺さる。
早く遠坂たちの元に行かないと、と心では思っているのに。一言も言葉を取りこぼしてはいけないと、何かが強く主張している。
足は動かない。動けない。動かしてはならない。なぜなら、

アーチャーの独白を聞き届ける義務があるのだと、束の間の夢が告げている。

アーチャーは背中を向けている。先程まで、辛うじて確認することのできた表情は、もう視認することは叶わない。

「守りたいのならば腹をくくれ」

今のお前には気合いと覚悟が足りん、と。静かに、だが激しく、奴は一喝した。
その一言は、一呼吸で言い切ってしまうような、何てことのない一言だったけれども。鉛のような重さを持って、躊躇っていた四肢を拘束する。
誰を、なんて言葉にするまでも無い。この第5次聖杯戦争において、アーチャーとの間に共通するものは一つしか無い。

「彼女は、貴様の予想以上の大バカ者だ」

相変わらず背中を向けたまま。言葉の節々には皮肉のような刺々しさが紛れ込んでいたにも関わらず。
アレを救うのには骨が折れる、とアイツが愚痴をこぼしたような気がした。

ふわり、と空気が軽くなる。
ああ、こいつ、やっぱりとんでもなくお人好しだ。
土御門を救いたいから救う。行動理念は、ただそれだけ。あの光景は奴の奥底に根強く残っていて、それはもう、忘れようにも忘れられないものとなってしまったのだ。

こういう所は、なんとなく遠坂に似ている。冷徹で、魔術師らしくて、だけどやはり根っこはお人好し。指摘したらアーチャーも遠坂も、それはそれは反発するだろうけど。

だから、きっと。
大バカ者なのは、土御門だけじゃなく。その言葉の括りの中には、衛宮士郎やアーチャー、そしてなんだかんだ言って彼女には甘い遠坂も含まれている。




「わかってる。わかってるさ、それくらい」

彼女を救いたかったのは自分だけじゃなかったのだと。
そして、今俺自身が土御門牡丹という一人の女の子を救いたいのは、他の誰かのためではなくて、勿論彼女本人の意思でもなくて、ただただ俺の我儘なのだと。
そうか、と。表情はわからないけれども、確かにアイツは口元を緩ませた。

ああ、これだけ伝えれば十分だ。もう、何も言い残すことはない。

「ちょっと士郎、何してるのよ!」
「遠坂、すまん。もう行く」

怒号が飛んでくる。我らがあかいあくまがお怒りだ。土御門の姿も、もう見えない。

先に行かなくてはならない。この先には、手を伸ばさねばならなかった/伸ばしたい相手がいる。

「さっさと行け。お前の顔など、もう見たくもない」
「そんなの、こっちの台詞だ」

最期はあくまでもいつも通りに。互いに背中を向けてしまえば、もう後には戻れない。

アインツベルン城を去る。荘厳な雰囲気を醸し出していたこの城も、数分後にはバーサーカーとアーチャーによって壮絶な戦場となるに違いない。
残してきたものはあまりにも大きすぎるけれど、そうしてまでも手に入れたいものがある。それは誰かのためではなく、ただ自分がやりたいだけで、つまりは俺の身勝手な意思だった。そう、簡単に言ってしまえば、それだけなのだ。

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