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過去に疑われる日々



いきなり、だ。
なんの前触れもなく、映画のワンシーンのように周りの様子が切り替わった。

「え……」

確かに、アーチャーから視線を逸らした。お前は何をしている、と彼奴の目が責めてきている気がして居心地が悪かったし、今はそんな事を気にかけている事態ではなかったからだ。そして、土御門の背中を追いかけた。追いかけようとした、はずだった。

だがしかし、今目の前にあるのは何だ。
時が止まったかのように動かないセピア色のアインツベルン城の中、バーサーカーと対峙するアーチャー、そして。

イリヤスフィールに向かって不敵な笑みを浮かべる土御門が、そこにいた。

「何だよ、これ」

何が起きているのかわからない。
やっとの思いで棒になっていた足を動かし、引きずるようにして前に進んだ。一歩先にいた土御門に向かって手を伸ばす。

途端。まるで、俺が動くのを待ちわびていたみたいに、色が戻った。土御門の腕を掴んだはずなのに、伸ばした腕は空を切る。距離的に届かなかったんじゃない。確かに掴もうとした。けれど、例えるなら幽霊の類であったかのように、文字通り空を切ったのだ。
お前とこの空間は別物だ、とでも言われたかのように。

「な……」

同時に、頭の中の霧が晴れた。

今まで、何度かアーチャーといる時に、もやもやと意識に残る「何か」があった。アーチャーが土御門を見る度に感情を露わにしていたこととか、唐突に起きる頭痛とか、不可解なことはたくさんあったけど。そういうのが、全て解けた。

「何だ。そういうこと、だったのか……」

ただの幻影。記憶の断片。もう変えることのできない、定められたあの日の運命。
嗚呼、これは―――これは、いつかの続きだった。

全てが動き出した。
ドンと腹の中に響く爆音、煙を切り裂く涼やかな詠唱。アーチャーがバーサーカーの猛攻を捌き、土御門は軽やかにこの空間を駆け抜ける。

圧倒された。正直、ライダーと戦っていた学校の戦闘とは桁違いだった。
まさか、戦ってる様子を見て、綺麗だと思うなんて。




「伝え聞いていた通り、かな。アインツベルンって、本当にこういうのに向いていないんだね」

まさか、衛宮くんを助けに行く前に簡単に仕掛けた罠が役に立つなんて、そう呟く彼女は吹っ切れたような顔をしていた。

とん、と階段の中央のイリヤスフィールの前に土御門が降り立つ。服は所々千切れていて、顔にも首筋にも細かい傷がたくさんある。見るに堪えない。
どう考えても酷い状態なのに、それなのに。彼女は、心の底から満足そうに微笑んだ。

「何よ。それだけやられておいて、まだそんなことが言えるのね」
「うん。だって。イリヤスフィール、貴女を相手にしている間に、色々な布石を打つことができちゃったから」
「っ!バーサーカー!」

ボロボロになった土御門の表情が、にやりと勝ち誇った笑みに変化する。気付いたイリヤスフィールが慌ててバーサーカーを呼んだ。
満身創痍で床に膝をついているアーチャーに攻撃しようと斧を振りかぶっていたバーサーカーが、力強く地面を蹴って方向転換する。

「―――Chuir mé gach rud ar lasair dearg(紅き炎は黎明の光)」

土御門が何かを引っ張るように、くいっと人差し指を曲げる。バーサーカーがイリヤスフィールの元に辿り着くか辿り着かないかのすれすれの所で、パンと弾けるように魔術が発動した。
イリヤスフィールを中心として半径5メートルの炎の円が出現し、その部分の床が瞬く間に燃え失せる。粉々になった床、第5次聖杯戦争最高スペックのマスターの体がふわりと宙に浮く。パチパチと爆ぜる音とともに熱風が肌を撫ぜ、砂埃が舞った。

「まったくもう、さいあく、なにあれ……!」

土御門の小さな悪態と同時に、イリヤスフィールを片手に抱えたバーサーカーが爆発地点から飛び出してきた。不意をついたように死角から放ったアーチャーの攻撃は無かったもののように弾かれ、巨体が階段の下、土御門の場所まで一目散に飛び込んでくる。

「Codladh pairilis(煉獄)―――!」
「牡丹!」

詠唱とアーチャーが彼女の名を呼んだのはほぼ同じタイミング。
突如現れた火柱が、蛇の如くバーサーカーに巻き付いた。バーサーカーは僅かに足止めされるが、何かに弾かれたように焔は離散する。
その拍子に石斧がアインツベルン城の床を削り、衝撃波が四方に拡散した。真っ直ぐに向かってくるそれから逃げることなく、土御門はそのままバーサーカーを見据え、

ばん、と。

突如、アインツベルン城で大爆発が起きた。







「全く、バーサーカーを狙うとは……君は性懲りもなく無茶をする!」
「あは、流石だねアーチャー、助かったよ。ちょっと今ので右足と左手がイっちゃったから」

右手だけをアーチャーの首に回して抱えられている土御門の言葉に、かちん、とアーチャーの表情が強張ったのがわかった。勿論開けっぴろげに顔に出したわけではなくて、こう、なんとなくそんな風になった気がしただけなのだが。
左手は当てもなくぶらりと揺れているだけで、右足も頼りなさ気にふらふらとリズムを打っている。彼女の言葉に嘘がないことが一目で認識できた。


嗚呼、君は本当に変わらない。

……それでも、それでも俺はこんなのは嫌だったんだ。


砂埃が落ち着いたところで、バーサーカーとイリヤスフィールがゆったりと現れる。勿論彼女には傷一つなく、バーサーカーもくたばった様子はない。
誰が見ても一目瞭然、土御門が手足を犠牲にするほど捨て身の火力でもバーサーカーに少しも痛手を与えられなかった、ということだ。
それなのに、イリヤスフィールの顔は勝者というよりは敗者のそれだった。キッ、とぐったりした魔術師を睨む。

「嘘、嘘よ!何で……何でこんな女なんかに、バーサーカーが一回殺されたの!?」
「本当、基準が高すぎて嫌になっちゃう。今のが下準備有りの出力最大、文字通り今の私の全身全霊の魔術なのに。おかげさまで何もかもがすっからかんだよ」

困ったなあ、と彼女は肩を竦める。それは困ったというよりは、やりきった、という表情のように思えた。

「何よ、何よ何よ何よ!バーサーカーを殺すなんてどういうこと……!?どこの誰ともわからないアーチャーと、どこの血筋かもわからないただの魔術師に7度も殺されるなんて!」

駄々をこねるような金切り声に、ふわりと戦場には不釣り合いな柔らかい笑みを見せた土御門。彼女を視界にとらえて、息を呑んだ瞬間、

世界が暗転する。

目の前は真っ暗、自分の体すらも確認できないほどの闇に襲われた。
がらんどうの空間に、冷血なイリヤスフィールの声が響き渡る。それはまるで、処刑台を前にした人間に、最終判決を言い出しているかのような、そんな感じだった。

「バーサーカー、そいつ顔も見たくない。殺しちゃって」
「ええ、しょうがないから殺されてあげる。さよなら、アインツベルンのホムンクルス。今度会ったら絶対に復讐してあげるんだから」

悔しいとか無念だとか。そういう感情より大きく現れていたのは、不屈の闘争心だった。最期に聞き取れたのは、挑発するような、楽しそうとも取れる明るい声音。

―――私が君に生きる意味をあげるから、衛宮くんのことを引っ張ってあげるから。だから、君は私のことを守ってよ。

不意に思い起こされたのは、いつだったか土御門が言い放った気丈な台詞のみ。


そして。
ぐしゃり、というあまり精神衛生上よろしくない音とともに、この束の間の幻影は終わりを迎えた。

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