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何度泣いてきたのか





手放したくない、まさにその表現がぴったりだ。ああ本当に、土壇場でこんな大事なことに気が付くなんて、自分でもどうかしていると思う。
手放したくないのは、あの姿を二度と見たくないからなのだけれど。生きて欲しいと切に願うのは、恐らく。土御門の存在が俺の中で大きなウェイトを占めているからで。彼女には、ただ笑っていて欲しかった。

それは、彼女が意図していないことなのかもしれない。普通の女の子扱いなんて、本当は要らないのかもしれないし、そうあることを自ら、とうの昔に捨ててしまったのかもしれない。それは他人に過ぎない衛宮士郎という人間には到底わからないことで、もしかしたら土御門牡丹という存在にすら、全てを理解していない可能性だってある。

それでも構わなかった。これだけは譲れない。ただの我が儘だということは自覚している。

「それなら、俺が代わりになる」
「衛宮くん?」

つまり、だ。
土御門がそうやってしか生きてきていなかったのなら、魔術師としてしか、その意味を見出せないのなら。ただ土御門が笑って、少しでも普通に生きることを、他人である俺自身が望むのならば。自分で、その代わりのものになるしかないじゃないか。

「関わるなとは言わない。でも、土御門に生きていて欲しいんだ。だから、俺はお前を連れて行く」

無茶苦茶なのは自分でも判っている。ただ思ったことを口にしただけ。生きて欲しいから、ここから一緒に逃げる。それだけだ。今の俺に出来るのは、思いつくのは、それだけだった。

余裕綽々なイリヤスフィールは楽しそうにこちらの様子を眺めている。口を挟みたげな遠坂は眉を寄せて土御門の様子を伺っている。アーチャーは何も言わない。
耳鳴りがしそうな静寂の中。その張り詰めた雰囲気を打ち破ったのは彼女自身だった。

「ねえ、馬鹿にしないでよ」
「牡丹……?」

ふらり、と土御門の身体がぐらつく。慌てて駆け寄ろうとする遠坂を手で制して、ぐっと痛いくらいに拳を握って、漸くこちらを向いてくれた顔は、怒りと苦しみが混ざった、泣き出しそうなものだった。
それは彼女の魔術師としての矜持か。それとも意地か、はたまた別のものか。射抜くような視線は、しっかりと俺の顔を捉えている。

「私は私に出来ることをするだけだよ。これが私のするべきこと、そうやって判断した、それだけだから」
「そんな自己犠牲はただの自己満足だ」
「他の人に何て言われようが関係ないよ。ここで足手まといの私を切り捨てないでどうするの」
「それこそ矛盾しているだろ、土御門。サーヴァントであるアーチャーならともかく、万全じゃない魔術師のお前が、ここで残って足止めなんて無理だ」

今まで一歩も引いていなかった土御門の表情が、機械のように固まった。言い過ぎかもしれないけど、こうでもしないと彼女は止まらない。

「そもそも、土御門は聖杯戦争の関係者じゃないだろ。もともと介入する意思もなかった。そこまでして命を賭ける理由はないはずだ」

現実的に見れば、アーチャーだけでバーサーカーを止められるのかどうかは判断できない。もしかしたら一瞬で決着がつかないかもしれないし、長いこと足止めできるかもしれない。俺はアーチャーの能力とかを知っているわけではないので、仮に想像したところで、それは予想の範疇を超えないのだが。
でも、どこか確信があった。奴は土御門をここに残すつもりはないと。彼一人でも止められると。それが強がりなのか事実なのかは知らない。知る必要はあるけど知りようがない。今俺が/奴がやるべきことは。

「そうだな」
「アーチャー?」

―――あの時救えなかった一人の女の子を、この場から解放することで。

「私としても、土御門牡丹がいない方が戦い易い。万全じゃない君が残った所で、出来ることなど何もないからな」
「……!」

それまで感情を剥き出しにしていなかった土御門が、たちまち表情を崩した。アーチャーを思い切り睨みつけてはいるが、今にも泣きそうな彼女には気迫や凄味といったものがない。
正直、面食らった。プライベートはともかく、戦闘中は気丈で取り乱すこともなく、それこそ魔術師らしい魔術師だった彼女が、こんな顔、するなんて。
それは自分自身が望んでいたことだったにかかわらず。罪悪感のような揺ら揺らとした感情に心揺さぶられるのは、何故なのだろう。

「なあに……何なの、それ」

納得がいかないといったふうに、土御門が唇を噛んだ。無機質な声に、ずきんと心臓が悲鳴をあげる。
違うんだ。違う。こうじゃない。
こんな顔をさせたいんじゃないんだ。

でも、それは彼女に伝えたからといって、この状況を打破できるようなものではない。
とにかく彼女を落ち着かせようと一歩踏み出したその時、痺れを切らしたイリヤスフィールの歌うような問いかけが降ってきた。

「ねえ終わった?そこの女を残しても残さなくても、結局は同じなのに」

かちん、と頭の中で何かが鳴った。煽られた、確実に。でも、イリヤスフィールに対して口を開くよりも早く、目の前の魔術師が行動を起こす。それは、まるで消えていた土御門の瞳に光が灯ったような、一瞬にしてスイッチが切り替わったかのような、そんな感じだった。ふわりと纏った衣服が翻る。

「牡丹!」
「―――Siombail slabhra Gorm de forléasadh(蒼き鎖は終焉と散る)」

遠坂の制止の声を振り切り、土御門が動いていた。止める暇なんて、無かった。聞きなれない言語での鋭い詠唱、意表を突かれたような表情のイリヤスフィール、彼女の頭上に突如発現した無数の氷。それらは光の如く、彼女を仕留めんとばかりに降り注ぐ。

土御門、と呼んだ名前をかき消すように、アインツベルン城に金属同士がぶつかり合うような音が響いた。

主がバーサーカー、と叫ぶ声よりも早く、側に佇んでいたサーヴァントが氷の槍を一掃する。真っ逆さまにイリヤスフィールの首根っこを狙っていたそれは、バーサーカーの武器によって離散した。

「……っ!」
「笑わないでよ人造人間」

文字通り凍りついたイリヤスフィールを見上げる土御門。階段の下から仰ぎ見ているはずなのに、彼女が纏っているのは優位に立つものの気迫だ、と感じさせられる。

「一つだけ忠告してあげる。貴女、絶対に痛い目見るから」
「なによ。そんな根拠のない強がりを言うくらいなら、さっさと逃げることね」

やばい、と直感的に感じた。怒ると思っていた。つい数分前まで激昂していた土御門だから、このイリヤスフィールの言い方に噛み付くと思っていたのだ。ふざけないでとか、貴女に私の何がわかるの、とか。
けれど、彼女は。イリヤスフィールに対して、そう、と短く息を吐き。

「私、やっぱり貴女とは気が合わないみたい」
「え?」
「さよなら。どうぞお元気で」

きっと、もう会うことはないから。無感動に淡々と言い放って土御門はゆっくりと背を向けた。イリヤスフィールを筆頭に、遠坂も俺も唖然として彼女の背中を見送る。
なんでそんなことが断言できるのかとか。どうして小声で「アーチャーの、うそつき」と呟いたのかとか。

「ちょ、ちょっと牡丹!」

聞きたいことは沢山あるのに、土御門はすたすたと去っていく。毒気を抜かれたようなイリヤスフィールとバーサーカーは動かない。
土御門の後を慌てて追う遠坂、それをなんとも言えない顔で見つめるアーチャー。俺のところまで届かなかったけど、あいつは確かに声に出した。

―――よかった。

この顛末のどこが良いってんだ。結局遠坂はアーチャーを失い、土御門の精神はそこそこ危ういし、第一、イリヤスフィール相手に何の対抗策も打てていない。

でも。むかつくことに、そうやって表面上は反発しているくせに、俺自身もよかった、なんて思っているのだから始末が悪い。
わかっている。なんとなくだけど確信している。あいつが良かったなんて言ったのは土御門が残るなんて無茶を言わなかったからで。
凄い悔しそうな苦虫を噛み潰して大量に口に含んでいるような顔をしているのは、遠坂のサーヴァントとして不甲斐ないからで。

頭がいたい。ズキズキする。

これ以上考えたら頭が真っ二つに割れそうだ。どうすれば良いのかわからなくて、それでもあいつには気取られたくなくて。予想外に合ってしまった視線を、アーチャーからすぐさま逸らした。

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