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全て手に入れられたなら




中々に趣深いアインツベルンの城の中で、遠坂とアーチャーの背中を追いかける。遠坂たちも俺自身も、そんなに全速力で走っているわけではない。かなりスピードを上げてはいるけれど、精々長時間走り抜くことを前提にした速さだ。

だから尚更、半歩後ろについている土御門の様子がすごく気になった。そもそも、男女の体力の違いはあれども、まだ走り出してからそんなに時間は経っていない。土御門は普段から頻繁に運動こそしていなかったようだが、決して運動が出来ないわけではなかった(と思われる)。本人の言葉より、普段から仕事をしているようだし、先日の遠坂の言葉を考慮すると、土御門が魔術が使える状態なら、それなりに動けるに違いない。学校で倒れた日ならいざ知らず、昨日今日と土御門は問題ない状態だと遠坂も断言していた。あれは一時的なものであり、一晩寝れば治るレベルのものである、と。

それにもかかわらず、この状態はどう考えてもおかしいだろう。ひゅうひゅうと苦しそうな呼吸、顔色も良くない。極め付けは躓いた回数だ。障害物の何もないこの廊下で、土御門は両手で数え切れる以上の回数、ぐらりと身体のバランスを崩している。転けはしていないが、このままいくと余り良くないことになりかねない。どうにも見ていられなくて、思い切って声をかけたのだが。

「なぁ、土御門」
「うん?どうかしたのかな、衛宮くん?」

手を貸そうと提案することは、土御門の鋭い視線が許さなかった。おぶってやろうか、とか。そんな甘ったれたことを言ってしまったら、その途端に土御門がこの世から消えてしまいそうな儚さがあり。俺が萎縮して言葉を喉元で抑えつけられるくらいの強靭な意志と、殺気とカテゴライズされてもおかしくはない重圧がのしかかってくるのだ。

正直、土御門を心の底から恐ろしいと思ったのは、この時が初めてだった。

玄関ホールに辿り着く。侵入するときもここから入ったらしい。乗り込む時は正々堂々と正面からとのスタイルは、いかにも遠坂らしいといえば遠坂らしい。てっきり裏口とかそんな所から入ってきたのかと思っていた。
それはそれとして、イリヤスフィールの城も想像の上をいくくらい凄まじい。豪華な絨毯やら装飾品やらが置いてあるのを流し見ながら階段を駆け下りる。この場所だけ、日本ではないかのようだ。

「ここから出れば私たちのもんよ。さっきイリヤスフィールがこの城から出て行ったのを考えると、逃げ切れるかどうかは微妙な線だけど」
「遠坂、本当にここから入ってきたんだな……」
「何よ、悪い?下手に小細工するより、こうする方が手っ取り早いじゃない」

スピードを落とした遠坂が、こちらを振り返る。膨れっ面をしながら、こちらの反応を眺めるように向けられていた視線が、滑るように土御門に移った。遠坂につられるようにして土御門に意識を移す。
と、ぞくりと全身が凍りついたかのような感覚に陥った。

土御門は大広間の階段の、下から三段目くらいの段に立っていた。こちらからは横顔しか確認出来ない。きゅっと唇を引き結んで、ぴりぴりとした空気を醸し出しながら階段の上段あたりを睨みつけている。
それでも、やはり明らかに様子がおかしいことが手に取るようにわかった。というか、先ほどより悪化している。まるでライダーと対峙した直後の土御門を目にしているようだ。顔から血の気が引いている。俺たちが意識を向けていることに気づいてさえもいないのだろう彼女は、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返していた。足元はしっかりしているけれども、これから暫く走り続けられるか、と聞かれたら無理だと即答出来そうなくらいに酷かった。
そう、酷い。その一言に尽きる。真っ青な顔、紫がかった唇、纏う雰囲気、その全てが彼女の異常さを表していた。

「ち、ちょっと、大丈夫?」
「…………」

あまりにも見ていられなかったのか、遠坂が慌てて駆け寄る。その場で石像のようになった俺の横を、ふわりと黒髪が舞う。足元が固まってしまったかのように動かない。自由に動くのは視線だけ。意図的に逸らした視線の先にあったのは、少し離れたところで無表情で立っているアーチャーだった。
そこで気付いた。奴が土御門に向けている視線は、いつも同じだと。彼女を止めたいけれど止めることができない、何もかもがぐっしゃぐしゃになっているような。それを自分の中で抑圧して、何もなかったかのように振舞っている。それがあの瞳なのだ、と。
アーチャーの正体すら知らないし、何の心当たりもないにも関わらず、どうしてこんなにも確信しているのかは全く謎だ。それでも、本能が告げているのは、結局はどちらも同じことを考えているのだということで。

このままだと、あの時の二の舞になる。確かにそう思った。
彼女が考えているのは何時も同じなんだ。何かが警鐘を鳴らした。
我慢ならなかった。何故なら、ここで失ってしまうと、全てが壊れてしまう。

「ねえ、牡丹?」
「へ?凛ちゃ……あれ?」

再度土御門に声をかけた遠坂のお陰で、俺の意識も深いところから戻ってきた。ぼうっとする頭を二、三回振って邪念を追い払う。最近、こうやって無意識に何かを思うことが多くなった気がする。
我に返った土御門は、眉を寄せている遠坂と腕を組むアーチャー、そして俺、と言う風に周りの人を見回して、僅かに苦笑した。しかし、その笑みも苦し紛れで上手く笑えていない。額には汗が浮かんでいる。

「あれほど無理しないでって言ったのに。どうしてこんなにボロボロなのかしら」
「別に無理なんかしてないよ。そんなに難しいことじゃないから」
「惚けないで。よくそんな状態でここまで持ったわね」
「でも、いなくちゃいけなかったのは事実でしょ。ここまで特定したのは私だよ」

ぶちっ、と。遠坂の勘忍袋の緒が切れた音が聞こえた気がした。揃いも揃ってあんた達は、と怒りに任せた怒号が響く。土御門の表情は変わらない。それこそ人形のように、何の感慨もない真っ直ぐな目で虚空を見つめている。
それを認識した途端、ぞくりと悪寒が走った。遠坂の様に思いをぶつけることも、アーチャーのように押し込めて傍観することも、俺には出来ない。頭の中でバラバラになった感情を、そのままにしておくことで精一杯だ。

何かを忘れている。それは気のせいなんかじゃなくて、確信出来るレベルに確かなものだ。
俺はこの先を知っている。知っているはずはないのに、奴の所為で/お陰で判ってしまっている。
何だったか。思い出せ、思い出せ。何も思いつかないことに、どうしようもなく苛々した。肝心な時に何も出来ない自分が、殴りたくなるくらい嫌だった。

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