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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

知りたくて知りたくて




ガチャ、と先ほどより乱雑にドアノブが回される。少しの身動ぎも許されない、呼吸もなるべく最小限。こちらの状況を悟らせてはならない。
土御門が掌を戸に向ける。ひゅう、と喉が音を漏らす。それと同時に開いた最後の砦は、この部屋への侵入者をいとも簡単に通してしまい。

「こんな時に何をやってるのかしら、あなたたち」
「え?遠坂?」

土御門はぽかんと呆気にとられ、俺は聞き覚えのあり過ぎる声に咄嗟に後ろを振り向く。

そこには黒髪を靡かせて眉をひそめている遠坂と、彼女の側に顕現し控えているアーチャーの姿があった。
ぱたん、と穏やかに閉まるのは戸だけで、この部屋に存在する四人の間には奇妙な間だけが流れている。
アーチャーと視線が交わる。奴はそんの僅かに目を細めた。その眼光は言葉以上に雄弁に物語っている。貴様はなにをやっているのか、と。
遠坂と目があう。彼女はにっこりと優等生の微笑みを顔に貼り付け、後ろにどす黒いオーラを纏いながら口を開いた。

「ねえ、衛宮くん。一体何をやっていたのかしら?私には貴方がこの子を押し倒しているようにしか見えないのだけど?」
「あ、いや、それは」
「『それは』何なのかしら?」
「えっと、つまり」

反論できない。流石に、土御門をイリヤスフィールのメイドか誰かと勘違いでしてこんなことになってしまった、なんて細々と説明したら。遠坂の逆鱗に触れるのは必至、アーチャーが俺を殺しにくる、と言っても過言ではない。
しかし、成り行きでこうなってしまったとはいえ、そもそもこの状態を作り出してしまったのは紛れもなく俺なのだ。これを引き起こしたのが単なる勘違いであるから、遠坂の言葉はあながち間違ってはいない。だから、そうだとも違うとも言えなくて、もごもごと口の中で言葉を濁す。アーチャーも殺気立っていて、この部屋は先ほどとは違う意味で修羅場を迎えていた。

「一応言っとくけどね、いくら私だって、人が凄く心配してる時にこんなことを」
「ちょっ、違うんだ遠坂、これは俺が勘違いしただけで……あ」

奇妙な空気にあてられて、口走ってしまったフレーズに、しくじったと奥歯を噛み締める。獲物がかかった、とでも言いたげな遠坂の勝ち誇った勝者の表情に、罠にかかったも同然の俺は、身の危険を感じてじりじりと後退ることしかできない。遠坂の魔の手が直ぐそこまで迫ってきている。逃げられない。いや、最初から勝ち目なんてものは存在しなかったが。

「へえ?衛宮くんはわざわざ助けに来てくれた女の子を、勘違いで押し倒してしまうような人だったんだ?」
「なっ!?」

絶句していると、いつまでその状態でいるつもり?という冷静な遠坂の指摘が容赦なく続く。ピシッと指された指の先につられて下を見る。と、自分の身体の下に土御門が存在することを、頭の中から綺麗に抜け落ちていたことに気づいた。
飛び跳ねるようにして土御門から離れる。今日は本当についてない。遠坂の後ろには鬼神が見えるようだし、隣のアーチャーはアーチャーで無言を貫いているのが恐ろしい。威圧感が半端ない。
はてさて、まずは遠坂をどうやって説得しようかと思考を巡らせているうちに、土御門がよろよろと床から起き上がった。ぱんぱん、と衣服の埃を払い、真っ直ぐ遠坂を見据える。

「はい、そこまでだよ、遠坂」
「え?」
「これは殆ど私の責任だから。部屋に入った私を、衛宮くんが敵と勘違いした、それだけだよ。それ以外に何があるっていうのかな」

だから必要以上に衛宮くんを責めない、と土御門は毅然とした態度で前に出る。前から思っていたが、土御門は遠坂を言いくるめるのがかなり上手い。今回も軍配は土御門にあがった。正直、助かった。ぐう、と悔しそうな顔で黙り込む遠坂を見て、内心そっと安堵する。
対照的に、側に控えて沈黙を貫いていたアーチャーは腕を組みなおして顔を上げた。土御門がそちらを向く。頭一つ分以上も背丈の違う彼女とアーチャーが対峙し、無言の応酬の後。唐突に、にやりと人の悪そうな嘲笑を浮かべ、奴が口火を切った。

「衛宮士郎が勘違いしたことから始まった、と言ったな」
「まだこの話を続けるのかな。まあ、簡単に言ってしまえばそうかも。でも、動かないでってお願いしたのは私だよ」
「ほう、君には非常事態に男に抱きつく趣味でもあるのかね?」

は、と土御門が声を漏らすのがわかった。それと同時に、ここにいる全ての人間の視線が一気にアーチャーに集まる。
今まで黙りを決め込んでいたアーチャーからの予想外の反撃に、土御門の頬がみるみるうちに染まっていく。かあぁ、と音が聞こえるかのようなその様子に、思わず視線が釘付けになった。先ほどまで人の悪そうな邪悪な顔だった遠坂も、見たことがないくらいに目を丸くしている。
まるで間違いを指摘された小さい子供のように、ふるふると震えながら頬を膨らませた土御門は、きゅっと拳を握りしめて、絞り出すような声を出した。

「ば、ばか!ぁ、う、ちょっと気が動転してただけ、なん、だから……」

なんか、とんでもなく珍しいものを見た。いつも俺や遠坂相手には一枚上手な土御門が、こんな風にして照れるというか拗ねてるというか、とにかく子供みたいに感情を露わにしているのは見たことがない。遠坂の反応をも見るに、彼女もそうなのだろう。

不意に、数日前の真夜中のことが思い出される。縁側に座っていた土御門とその横に佇むアーチャー。険悪な雰囲気になってしまったとはいえ、あの二人はあの二人で気が合うようにも見えた。互いのことを尊重しているからこその、あの会話なんじゃないかと。
そういうのを思い出すと、何だか、気にくわない。彼女のそういった側面を引き出したのが、あのアーチャーだというのが気にくわないし、それを向けられてるのがアーチャーだというのも納得がいかない。奴が、真っ赤になった土御門を眺めつつ、一瞬だけ口元を緩ませたのも、気が付きたくなんかなかった。
行き場のない負の感情は持て余すことしか出来ず、ただただ積もるのは苛立ちのみ。荒れ狂う波を抑え込むこともままならず、掌に爪が食い込む痛みだけが身体中を支配する。
何でこんなに気になるんだ。何でそんなに苛々しているんだ。一体、何が気にくわないんだ。

「そこまでよ、アーチャー。とにかくここを離れるわ。行くわよ、士郎」

ぴしゃりと叩きつけるような遠坂の急かす声に、即座に意識が切り替えられる。

そうか。俺が気にくわないのは悔しいからで、悔しいのは他の誰でもなくアーチャーが彼女のことを俺以上に知っていたからで、なぜそのことが嫌だったのかというのは、それはきっと。

「あれ。衛宮くん、どっか怪我でもした?大丈夫?」
「大丈夫だ、どこも問題ない。それより土御門は怪我、なかったか?」
「うん。結構こういうのは慣れっこだし、ね」

ああやっぱり、彼女には敵わない。


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